第六話 不良の兄は、不良品。
「相模〜!お前、よくやったなあ」
「はい?」
「お前、今回の中間2位だったぞ」
担任のゴリが職員室に呼んだのが鈴代でも睦月でもなく、珍しく自分だった為に何事かと思っていたがそこまで大した用でもなかった。 丞ははあ、と曖昧な返事を返してゴリから小さな紙切れを受け取る。 おそらくクラスのみんなはさきほどの時間に渡されたのだろうが、サボっていたので自分だけ呼び出されたようだ。 ちなみに鈴代と睦月は受けてすらいないので論外である。 渡された紙を見ると、確かにそこにはしっかり2位と記されており、ゴリは当の本人よりも随分と嬉しそうに笑っている。
「へー・・・そこまで手ごたえがあったわけじゃないすけど。3位は誰すか?霜月?」
「いや?白鳥がちょっと調子が悪かったみたいでなあ」
「・・・なーる」
あの不動の1位であった白鳥美海が3位か。 どうやらその理由には心当たりがありそうだったのだが、丞は口にすることもなかった。 すると、ゴリが丞の肩にぽん、と手を置く。
「相模〜。お前と腐れ縁のあの馬鹿2人組をどうにかしてくれ。お前だけが頼りだよ」
「睦月の方は最近結構頑張ってますけどね」
「最近、まともに授業に出るようになったからテストも受けるかな〜とか思ってたんだけどなあ」
「次回は受けるそうですけど」
「お、まじか?」
「鈴の方はテストは食べるものだと思っている次第でありまして」
「あんのアホタレが〜」
ふと、そのとき丞は職員室の隅で先生と話をしている生徒に目を留めた。 白鳥美海だ。 噂をすれば、というところか。 だが、どうも彼女の顔色が浮かないように見える。 薔薇色の唇だと評判の唇は青紫色で、いつもはピンクの頬も今日は随分血色が悪い。 だが、彼女の表情そのものはいつも通りにこやかだった。
「あ、相模っち」
「今回の中間、調子が悪かったみたいだけど大丈夫?」
「うん。相模っちこそおめでと!」
「おめでとうって言われるほどいい順位でもないと思うけど。多分くり上がっただけだし。言うなら霜月の方に言いなよ」
もちろん、自分の発言が無神経だということはわかっている。 予想通り白鳥美海の瞳の奥が一瞬揺らいだのを、丞は見逃さなかった。 しかし、白鳥美海は瞬時にいつもの明るい笑顔に戻る。
「白鳥って、霜月とお似合いだと思うけどね」
「え?」
白鳥美海は心のそこからきょとんとした顔で丞を見上げる。
「付き合ったらいいのに」
「も〜変な事言わないでよー」
「まあ、個人的な意見としてですからお気になさらず」
白鳥美海は戸惑いを取り繕うとしていたが、でもやはり丞の言葉が嬉しかったらしい。 先程まで青白かった頬が照れからか少しピンクに染まっていった。
「でもね、しーちゃんは誰とも付き合わないみたいだよ」
「その気がないだけで、その気にさせればいいんじゃない」
「その気って?」
「霜月って、モテすぎて女に関心ないみたいだから、外見とか飾るんじゃなくてさ」
ちら、と白鳥美海に目をやる。 白鳥美海はいつもの笑顔も忘れて、真顔で丞の言葉の続きを待っている。
「熱意さえ伝わればいいんじゃない」
根っからの真面目な奴が好きそうな言葉。 最も、自分には無関係で、嫌いな言葉でもある。 そして予想通り、心の純粋な白鳥美海は嬉しそうにぱっと表情を明るくした。
「そうだねっ!相模っち、なんかありがと!」
「いーえ、別に本音を言ってみただけですから」
「今度はテスト絶対負けないからねっ」
「頑張って」
「え〜なんか相模っちテンション低い〜」
「俺はいつもこんなんです」
今朝よりも昨日よりも嬉しそうに、白鳥美海はスキップをしそうなほど軽い足取りで丞の隣を歩いている。 どうやら丞のおかげで吹っ切れたようだった。 根っから真面目で、心が純粋な奴は、実に単純だ。 丞は隣で笑う白鳥美海を見て、ふっと微笑んだ。
「あれ、睦月じゃん」
丞は先生に呼ばれていたので、屋上には自分以外誰も来ないと思っていた鈴代は、歩み寄って来た思わぬ人物を目にとめた。 睦月は寝転がって漫画を読む鈴代を見下ろして、何故か苦笑する。
「やっぱさあ、馬鹿な奴って漫画とか読むよな」
「んだてめェ、喧嘩売ってんのか」
「ちげーよ。俺だってめっちゃ漫画読むよ」
睦月は鈴代の隣に腰を降ろす。 こころなしか、いつもより元気がないように見える。 さっきもいつもならもっと大きな声でツッコむくせに、まるで丞みたいに低い声でツッコんできた。 気遣うように睦月の様子を見ていると、睦月は小さくため息をついた。
「ただ、頭いい奴は漫画もゲームもしないんだろうなって」
「そうとも限らないだろ。現に丞がそうじゃん」
「・・・・んー・・・そうなんだけどさ」
煮え切らない返事をして俯く睦月に、鈴代は首を傾げる。 なんだかいつもの睦月と雰囲気が違う気がした。 ただ、元気が無いだけだろうか。 それにしても昨日まで1位をとると大騒ぎしていたこの男に、一体何があったのか。
「はあ〜〜〜」
「なんだよ、でけーため息ついて」
「いや・・・なんか、やっぱ俺って不良品だなって」
「不良品?」
鈴代は漫画を持つ手を降ろして睦月の方を見やる。 あの太陽のような睦月には珍しいネガティブ発言に、鈴代は目を丸くする。
「小さい頃からさ、俺と霜月はずっと一緒だったけど・・・だんだん中身に違いがでてきて、中学に入る頃にはもう霜月は俺とは真反対のところにいた」
睦月は、自分の膝の上に顎をのせて、うずくまるようにしている。 鈴代はページがわからなくなるのも構わずに漫画を放って、思わず起き上がった。
「そんなことないよ。睦月は明るいし、元気でポジティブで・・・」
「ポジティブ?」
何が可笑しいのか、まるで嘲笑うかのように睦月は笑った。
「どこがだよ・・・いつもいつも霜月と自分を比べて劣等感に苛まれて、逃げるように不良になってさ。でもそうやって俺が逃げてる間にあいつはどんどん遠くなって行く。同じ顔してんのに、中身を開けてみると俺だけ不良品なんだよ」
「・・・なんだよ、不良品って」
鈴代は思わず、睦月の肩を掴む。 睦月はそれに驚いたように、反射的に顔をあげてこちらを見た。
「お前は人間だろ。お前は不良品じゃねーし、お前の弟だって天才じゃねーよ。どんだけ弟の方がデキる人間だからって、自分がデキないって思いこんでるだけだろ。お前は明るくて運動神経良くて元気いっぱいで声もでかくて・・・いいとこいっぱいあるだろ!」
早口でまくし立てるように怒鳴る鈴代を、ぽかんと口を開けて間抜け面をして睦月は見ている。 次の瞬間、鈴代は睦月の少し長い前髪を右手でがしっと掴んだ。
「一体どうしたんだよ!いつものポジティブで元気いっぱいの睦月が、私は好きだよ」
睦月が、目をぱちくりさせる。 鈴代はしばらくの沈黙の後、はっと息を呑み、右手の拳を解いて睦月の前髪を解放した。 思わず両手で口を塞いで、睦月から顔をそむける。
しまったーーー!! 流れに任せて変な事口走ったーー! しかも最後に何気に!!何気にさらっと!! 言ってしまったーー!!
一人で激しく後悔する鈴代をしばらく無言で見つめていた睦月は、やがてぱっといつものように朗らかに笑った。 そして勢いよく、鈴代の背中を掌で叩いた。
「だよな!!」
口を大きく開けてにこにこと笑う睦月を見上げて、鈴代はきょとんとする。
「俺もいつもの明るい俺の方が好きだ!!」
「・・・はい?」
「うっし!元気100倍!オラオラMAX!」
「・・・オラオラって何だよ」
「俺的比較級!」
「だとしても使い方間違ってんだろ」
鈴代も思わずふっと笑う。 さっきまでの反動か、途端にテンションがハイになっている睦月を見て鈴代は同時にホッとする。
よかった、いつもの睦月に戻って。
屋上を駆けまわる睦月を見て、やっぱ馬鹿だと苦笑する。 それでもやっぱり、睦月は馬鹿でいい。 馬鹿のままでいて欲しい。 それでずっと、私の世界を救うヒーローでいて欲しい。
鈴代は笑う。 そして、その笑顔を屋上の扉の陰から見ている人物がいた。
「単純な奴等・・・」
丞の小さな呟きは、楽しそうに笑いあう二人に届く事は無かった。
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