第三話      病は気から。真面目はスカートから。





「桜井霜月は、白鳥美海と同じ学級委員だそうで隣のクラスだからよく話す
機会が多いらしいです」

「あれが睦月の弟くん・・・」

三人で教室の後ろの扉にへばりついて中を覗けば、窓辺に寄りかかって数人
の男子と楽しそうに喋っている睦月のそっくりさんがいた。
ほとんど顔が同じだからすぐに見つけられた。
ただし、地毛なのか染めているのか不明だが、髪の毛は茶髪で、そしてどこ
か大人しめな、良く言えば大人っぽい雰囲気を纏っている。

「弟っつっても数分俺より遅く生まれただけだかんな」

睦月の双子の弟、桜井霜月。
睦月の話によれば、睦月よりも随分勉強ができてしっかり者らしい。
外見はほとんど同じだが、体育会系の睦月とは性格は真反対。
お気楽な睦月と比べ霜月くんは現実主義のようで、双子だから元々大差無い
とは思うが、断然霜月くんの方がお兄さんキャラのようだ。

「仲はいいの?」

「良くも悪くもねえ。性格が全然違うから趣味も話も合わねーし」

「あ、こっち気付いた」

丞の言葉にふと目線をあげれば、こちらをじっと真顔で見つめる睦月の茶髪
バージョンの顔。
何やら友達と軽く言葉を交わして、輪から抜けてこちらに歩み寄って来た。

「何」

棘があるわけでもなく、優しく微笑むわけでもなく、無表情に霜月くんは睦
月に話しかける。
睦月は何故か鈴代と丞をちらり、と横目で見た後頭をかいた。

「いや・・・用は無いんだけど」

「だったら扉にへばりつくのやめてね。顔が同じなんだから僕の知り合いっ
てバレバレでしょうが」

霜月くんはため息をついたあと、鈴代と丞に目線を移した。
どうも、と丞が軽く頭を下げたので鈴代も慌てて頭を下げる。
ども、と霜月も同じように挨拶を返す。

「てかどしたの、その頭・・・長年金パだったくせに」

「別に・・・イメチェンだよイメチェン!」

「あーそ」

霜月は特に興味も無さそうに適当に相槌を打つ。
すると、ひょこっと睦月のわきから誰かが顔を覗かせる。

「しーちゃん!」

「あ、美海」

「うおえッッ」

睦月が大袈裟に飛び上がるのを、霜月がかなり冷めた目で見つめている。
にっこりと微笑む白鳥さんに、睦月の顔は沸騰寸前になっている。
それを横目で見て、鈴代は口を尖らせた。

「しーちゃん、とは?」

「あ、相模っち」

「相模っち?」

怪訝そうな目で見る鈴代を無視して、丞は美海の答えを待つ。
美海はさらににっこり笑って可愛らしい小鳥のような声で言う。

「霜月だから、しーちゃんだよ!」

「あー・・・なるほど」

「し・しーちゃんてお前・・・」

睦月は驚愕という言葉をそのまま顔に張り付けたような表情をしている。
どっからどうみても間抜けにしか見えない睦月を、霜月はまた冷めた目で見
る。

「しーちゃん、今度の委員会でさー、集会のやつ・・・」

真面目っ子二人の話に当然鈴代や睦月の頭がついていけるはずもなく二人の
姿を呆然と眺めている。
そしてそんな睦月の顔にはどこか寂しさと虚しさが漂い、あきらかにやるせ
ない表情だ。
フリーズしたように動かなくなった睦月を丞がむんずと掴んで、廊下を引き
ずって歩く。
鈴代は結果としては嬉しいような、でも落ち込む睦月を見るのは悲しいよう
な、なんとも複雑な想いを抱えたまま丞の後を追った。





「そんな落ち込むなよ、睦月。まだそうと決まったわけじゃないさ」

「しーちゃんて・・・・しーちゃんて・・・」

「睦月も何かあだ名決めてもらいなよ」

「しーちゃんて・・・」

「こりゃダメだ」

お手上げ、という風に丞が首を横に振る。
今日は一段と風が強いから、屋上は尚更風が強い。
その風がどんなに睦月の髪を乱しても、睦月は落ち込んだまま動かない。
あれだけ明るい睦月を、あれだけ落ち込ませる白鳥美海の影響力に、鈴代は
ただ憂うしかない。

鈴代はメロンソーダ味のキャンディをなめながら、むすっといじけた様子で
しゃがみこんでいる。
丞はそんな鈴代を見下ろして、ため息をつく。

「俺にもアメちょーだい」

「ん」

鈴代はポケットからラムネ味のキャンディを取り出して、丞に渡す。
昔から鈴代はメロンソーダ、丞はラムネ味と決まっているのだ。
丞は口の中でカランカランと音をたててキャンディを転がしている。
そして丞は鈴代の隣に腰掛けて、睦月には聞こえない程度に囁いた。

「性格真反対の弟がライバルじゃーね」

「・・・弟くん、学級委員だっけ」

「なんかね、頭いいくせに運動もできるらしいよ」

「・・・真反対っていうか、睦月の長所もカブってんじゃん」

「そ。圧倒的に不利なわけですよ」

鈴代はキャンディを、噛み砕く。
ふと視線をあげれば、睦月はまだ俯いたままだ。

白鳥美海の事、あきらめればいいのに。
でも、それはそれで悲しむ睦月を見るのが嫌だ。

睦月が白鳥美海の事をさっぱり忘れて、私の方を振り向いてくれたら。
そんな事できるのだろうか。
第一、白鳥さんみたいな人がタイプなのに、私みたいな女を好きになる可能
性なんてあるのだろうか。

無いに決まってる。

「白鳥さんの事、諦めるしかないねえ、こりゃ」

あれだけ楽しそうに睦月にのっていた丞は、人が変わったみたいに他人事の
ようにあっさり言う。
元々丞はこんな人だが、今回ばかりは少し薄情じゃないか、と思う。

「他にも真面目な奴ならいっぱいいるしね」

真面目な奴なんて、腐る程いる。
もし万が一、睦月が白鳥さんの事が好きじゃなくなっても、きっと私じゃな
い他の、真面目な人を好きになる。
真面目な人がタイプなら、私終わってんじゃん。

もし、
もしも、
私が真面目になったら?

「ま、白鳥美海ほどの優等生もそうそういないだろうけどね」

もしも、私が白鳥美海みたいに優等生になったら?

そうすれば

睦月は、私を好きになってくれるだろうか?





「・・・・・どういう風の吹きまわしで?」

「い・いやあ」

丞は、ラムネ味の棒キャンディをくわえて冷めた目で鈴代を見る。
鈴代が思わず顔をそらせば、丞は鈴代の下半身に目をやる。
穴があったら入りたい衝動に駆られるが、鈴代は必死に丞の鋭いばかりの視
線に耐える。

「・・・・・よくそんなスカート持ってたね」

鈴代が今はいているスカートは、膝上ぴったり一センチ。
今まで膝上二十センチ程だった鈴代の見慣れない姿に、丞は少なくとも嬉し
そうではない。
人生初のイメージチェンジに、人の視線とはこれほどまでに鋭利なものなの
かと思い知る。
真面目っ子は、みんな膝上一センチらしい。

病は気から!
真面目はスカートから!

「うわッ、鈴代どうしたんだよソレ!」

「そ・それって何がだよ」

「何ってスカートに決まってんじゃん!」

「突然髪黒くしたお前に言われたくねーよ!」

「うっ」

睦月は突然言葉を失くしたかのように黙り込み、頬が少しピンクに染まる。
しかし、もっとじっくり睦月を見てみれば、昨日とはまた雰囲気が違う気が
する。
鈴代がじーっと睦月を見つめると、睦月は鈴代の視線から逃れるように丞の
背後へと逃げる。

「何か睦月・・・また変わった気がする・・・」

「気のせいじゃないっすかね?」

「中に着てるTシャツが、黄色から黒になったね」

「え!あ、ホントだ!」

「更に、ピアスをはずしたね」

「あ、ホントだ!」

「ネックレスも付けてない」

「あ、ホン」

「もういいから!!」

睦月が丞の口を押さえて、恥ずかしさからかぴょんぴょん飛び跳ねている。
まだベルトは派手だし、カッターシャツは全開だから真面目とは程遠いけど
でも前より幾分かは不良っぽくない・・・気がする。

「黒が地味だと思うのは不良の中だけだからね。真面目っ子から見れば、黒
も十分派手だと思うよ」

「えっ、マジか」

「Tシャツを黒にするより、黄色のままカッターシャツのボタンをとめた方
がいいと思うけどね」

「おお・・・」

丞は睦月よりも、何故か鈴代の方を気にしているようで、まるで睨むように
横目で鈴代を見ている。
鈴代はその丞の視線に少し居心地の悪さを感じながら、逃げるように屋上へ
と走り去った。
廊下を走っている時、何人かの生徒とすれ違ったが、やはり視線が痛かっ
た。
やっぱ、あの武長鈴代が長いスカートってありえないか。

「あーあ・・・」

ため息をついて、屋上への扉を開ける。
そしていつものように、そこに寝ころぶ。
空は青い。
いつもと同じ、そこに広がる大きな空を見ていると、やっぱり私は不良なん
だなって思った。
優等生になったら屋上になんて来れるわけないし、この空を見ているって事
はやっぱり私は不良なんだ。

私と白鳥美海は、片っ端から全てが違う。

まず、名前。
こればっかりは本当にどうしようもないけど、私は自分の名前にひどくコン
プレックスがある。

武長鈴代って、ださすぎじゃん。
武長って、武士かよって感じの名字だし、鈴代って何だか不良っぽくない感
じの名前だし。
それに比べて白鳥美海なんて。
全てにおいて完璧じゃん。
名前の時点で既に美人だって決まってるような名前じゃん。

勉強なんて、天と地ほどの差がある。
大体、テストを受けてない私とは比べようがない。
けど、あの顔で学年一位って、本当に神様は不公平だと思う。

そしてさらに、運動神経もよしと来た。
絶対頭いい人って、部活は文芸部とかそういう系だと思ってたのに、白鳥美
海は中学時代は陸上部だってさ。

勝てるところが何も無いじゃん。
笑えてくるよ。
本当に、もう。

「オレンジの髪してるくせに長いスカートなのがダメなんだよ」

「うわあッ」

驚き、跳ね起きるとそこにはラムネ味の棒キャンディをくわえた丞が立って
いた。
鈴代の隣に立って、フェンスに寄りかかる。
いつもいつも丞は気配が無い。
まだばっくんばっくん聞こえる心臓を、鈴代はなだめながら丞の方を見上げ
る。

「何だよッ」

「スカートよりまず、髪の色でしょ。睦月みたいにさあ」

「・・・・そうか」

「まあ、去年まで赤い髪だった奴が急に黒なんて、ロンスカよりも違和感あ
るかもな」

「別にいいじゃんかよッ」

「まあ、知ったこっちゃないけどね」

丞は真面目な顔で言う。
今日の丞は、どこか不機嫌だ。
睦月と喋ってるときは笑うのに、鈴代を見るときは何故か笑わない。

「・・・何か怒ってるのか?」

「別に?ま、でもお前まで真面目になったら不良俺だけになっちゃうしー」

「あ、そっか」

「ま、さっき気付いた事だけど」

そう言う丞の顔は、別に寂しそうには見えなかった。
やっぱり、どこか怒ってる。
昔から自分の感情を表に出さない奴だったけど、何故か今日の丞は苛立ちが
滲み出ているように見える。

「あッ、ていうか誰も真面目になるなんて言ってないしッ」

「ロンスカの不良なんていないでしょ」

「いるよ!」

「いないよ」

「いるってば!」

「いないって」

丞は、ふっと笑う。
あ、笑った。
でも、そう思ったのは束の間で、丞は急に寂しそうな顔をした。
何でだろう。
鈴代には、わからなかった。
丞は、ラムネのキャンディを噛み砕く。
鈴代は起き上がって、丞の隣に寄り添った。

「私、真面目になろうかな」

その呟きに、丞はいつも通り無表情で答えた。

「・・・髪、黒に戻してからな」

風が吹く。
鈴代のオレンジ色の髪と、丞の金髪が風に乱れて舞う。
明日には、このなびく髪が黒色に変わっているだろうか。
私自身も、変わっているだろうか。
鈴代は、自分のオレンジの髪を撫でた。