第二話      恋煩いは、髪の色をも変える。





「睦月の奴、白鳥さんに惚れてんね」

丞のふとした言葉に、するりと鈴代の手から携帯が滑り落ちる。
カツーンと弾みを付けて運悪くディスプレイを下にして床に落ちる。
唖然とする鈴代に、無言で丞は携帯を拾って渡す。

「な・何言って」

「どっからどうみてもありゃマジだよね」

丞がシャーペンでどこかを指す。
その方向へ目をやると、睦月が白鳥美海に教科書を指差してわからないとこ
ろを聞いていた。
以前の睦月ならありえない光景だ。
第一、あいつ教科書なんて持っていたのか。
文具さえまともに持って来ていない睦月が、勉強だと?

「ど・どういう心境の変化なんだろうな・・・」

「どういうって、恋じゃん。青春じゃん」

丞の言う事は妙にリアルで、鈴代の心を容赦なく抉る。
今までの付き合いからわかった事だが、丞の言う事で間違いなど無いのだ。

「いやーあんなのがタイプだったんだー睦月」

「い・いや、まだ決まったわけじゃあ・・・」

「まあ、本人の口から聞くか、何かアクションでも起きなきゃ、まだなんと
もね」

そ、そうだとも。
まだ恋だと決まったわけじゃあない。
漫画かアニメに刺激を受けて、自分の進路を見つめ直したのかもしれない。
充分ありえる。
漫画とゲームが生き甲斐だった睦月なら、完璧ありえる。





「うえぇ?!お前、その頭なんだよ!!」

翌日、学校で会った睦月は睦月じゃなかった。
朝日に輝いていた金髪は、漆黒に塗り潰されていた。
呆然とする鈴代に、睦月は少し照れて耳の裏をかく。

「いや・・・・別に・・・・・」

「別にって、何で急に黒に染めたんだよ!」

「染めたっつーか戻したっつーか・・・だって校則だし」

「何でお前今更校則なんて気にしてんだよ!」

「いや・・・・だって・・・」

すると、ひょいと二人の間に現れた丞がぼそっと呟く。

「白鳥さんは、金髪の男子は好みじゃないそうですね」

「なっ、ななななななっ、何で丞知って・・・」

とたんに睦月は顔を真っ赤に紅潮させて、丞に覆いかぶさる。
しかし、すぐにひょいと睦月の攻撃をすり抜けた丞は、どこで調べたのか次
々と証言した。

「相模捜査官の調査によると、某アイドルグループARAREの金髪の駿くんに
ついて『私、金髪の男の人って何だか怖くて好きじゃない』と証言し・・
・」

「うわあああああ、何で知ッ」

「それを聞いた桜井さんは、学校帰りにドラッグストアに直行。黒い染髪
料をすぐさま購入・・・」

「わあああああああ」

呆然と立ち尽くしている鈴代を前に、睦月はあからさまにうろたえている。
やれやれ、と頭を振って丞がそんな睦月の肩をぽん、と叩く。

「言ってくれれば協力するのに」

「ううぅ・・・・・・丞きゅーん!!」

「丞きゅん、て何。きゅん、て」

よーしよし、と腕の中で睦月を慰めている丞を、鈴代は呆然と見上げる。
そしてハッと、とある事態に気付く。

な・何協力的ムードになってんだよ!!
丞の馬鹿ッ

「鈴代も・・・・ってあれ?」

睦月はきょろきょろと見回すが、さっきまでそこにいた鈴代の姿が無い。

「あれ、朝もサボるつもりで屋上かな」

「・・・・・・・。」

丞は何故かそれに同意せず、ただただ黙っていた。





100%確定だ。
睦月は、白鳥美海が好きだ。

クソッ、と呟いて蹴ったサッカーボールは何故か丞にキャッチされる。
真面目に体操服のジャージに着替えている丞を、制服姿で見上げる。

「着替えないの?次、体育でサッカーだよ」

「別に制服でもサッカーできるし」

「何いじけてんの」

「別にいじけてないし!」

「ほら、見て。睦月が燃えてる」

ふと、素直にみんなが集まっている方を見ると、確かに遠くからでもわか
るほど体から炎が出ている男が一名。
あのおちゃらけた男の瞳がメラメラと燃えている。

「白鳥さんはスポーツマンが好きらしいよって言ったら、あれだよ。
おもろすぎ」

「へえ」

メラメラとやる気にみなぎる睦月に白鳥美海が話しかけているのが見える。
とたんにボシュッと変な音をたてて炎は鎮火し、ぶしゅ〜と顔から煙が出
ている。
普段なら「煙が出てやんの〜」とか何とか言ってからかってやるのだが、
今の鈴代にそんな事ができるわけがない。
睦月と白鳥美海を見ていると、何だか自分がただの第三者のようで、まあ
実際にそうなのだが、ひどく疎外感を感じた。

「まあ、でも白鳥さんの方はどうなのかね」

「へ?」

「学校一の美女である白鳥美海さんがフリーである確率は極めて低いって
コト」

ぴくん、と鈴代の耳が反応する。

そうだ。普通に考えてそうじゃないか。
そうなれば睦月だって仕方なく諦めるしかない。
何だ!
簡単な事じゃないか!!





「私?今フリーだよ」

そんな・・・
目に見えて落胆してその場にがっくりと膝をついた鈴代を、心配そうに白
鳥美海は覗きこむ。
大きくため息をついて、鈴代はうつろな目で神々しい白鳥美海の美貌を間
近で見つめる。
肌、白ッ。
目、でかッ。
まつげ、長ッ。
胸、でかッ。

「でもさー、告白はされるっしょ?」

「まあ、人並みにはね」

人並みって何だよ!
何が基準なんだよ!
鈴代は叫びたい心の声を、必死に押しとどめる。

「へえ、気になる男子とかいんの?」

「まあ、人並みにはね」

およ?!と白鳥さんの方を振り向くと、白鳥さんはえへへ、と可愛らしく
はにかんでいた。
頬が桃色に染まったその姿を見て、女の鈴代でも惚れそうになる。

「だ・・・・誰すか」

「うーん、じゃあ鈴代ちゃんも教えてくれたら教えてあげるよ」

「う」

その時、ピピーッとホイッスルの音がなる。
白鳥美海はクラスメイトからゼッケンを受け取って、それをかぶってコー
トへ走り去った。
その可憐な後ろ姿を、ため息をついて見送る。
本来なら鈴代だって試合に出なければいけないのだが、こんな気分じゃサッ
カーどころではない。それに、不機嫌オーラ出しまくりの鈴代に
ゼッケンを渡してくれるクラスメイトは誰もいない。

てか、鈴代ちゃんて。

滅多に呼ばれない下の名前は、しかもちゃん付けされると尚更自分の名前
でないような違和感を覚える。
でもあの白鳥美海はきっと誰にでも下の名前で呼びかけるのだろう。
鈴代は再びため息をついた。

でも、白鳥美海にも好きな人がいる。

ただ、それが睦月で無い事を祈るだけだ。
もし、睦月じゃなかったら、まだ鈴代にも勝算はある・・・・はずだ。





「はーい、これから相模捜査官の調査報告をしまーす」

ごくり、と鈴代も睦月も唾を飲み込む。
同じように天に祈るが、きっと祈る事は真逆なのだろう。
ごめん、睦月・・・と思いながらもやはり不幸を祈らずにはいられない。

「えー、まず浮かびあがった容疑者は三名」

ごほん、とわざとらしい咳をして、丞は真面目腐った顔をしてはいるがど
こかおもしろがっているようにも見える。

「一人目は、白鳥美海と中学で一番仲が良かった隣のクラスの斉藤弘。
まだ少し交流があるみたいで、休み時間はたまに話してるところを見かけ
る」

「あー、学級委員してる奴か。真面目同士仲がいいって事だな」

「二人目は、白鳥美海と中学で同じ陸上部だった前田淳史。中学の時かな
り仲がよかったみたいで、前田の方は完全に白鳥の事が好きだったらし
い」

「へえ、同じ部活ってのは結構手ごわいな」

「三人目は」

何故か、丞はそこで言葉を切る。
ちら、とどうしてか丞は睦月の方を気にするように目をやった。
睦月は照れ隠しか「焦らすなよ!」と、丞をどつく。
丞は何故か少し間をおいて、仕方なく、といったふうに三人目の名前を口
にした。

「・・・・桜井霜月」

「え」

鈴代は思わず、睦月の方に目をやる。
睦月はただ、ただ、唖然として突っ立っていた。