第七夜              賢者の村





バルト国北部、エンセレッタ地方。
一年中気温は低いが、雪が積もっている訳ではなく、針葉樹と少ない草花の殺伐とした風景が広がっ
ていた。
何も無い広い荒野に、動物は一匹もいない。
干乾び、ひび割れたその土地を、一行はひたすら歩く。
気付けば四人を囲むのは地平線のみだった。

「寒いッ」

モニカがコートを胸のあたりにかきよせる。
障害物が何も無いものだから、北風が勢いそのままアリア達に強くあたる。
しかしアリアには震えあがる余裕さえもなかった。

「モニカさんっ、アリアさんが死にそうです!」

「あー、大丈夫よ。背中さすってあげて」

「アリアさん、大丈夫ですか?」

寒さとは違うもので顔が真っ青になっているアリアは、リーの問いにはっきりとNOと示した。
すると、先頭を歩いていた星羅がしびれをきらしたのか、こちらを振り向いてアリアを睨みつける。

「お前・・・もっと速く歩けないのか?」

「ちょっと、星羅見たらわかるでしょ!噂の乗り物酔いよ!」

「知っている。だが、そんなもので任務に支障をきたされたら困る。俺達は急いでるんだ」

そう言うと、星羅は歩くスピードを速めてどんどん先へ進んで行ってしまった。
モニカは星羅の背中に罵声を浴びせたが、星羅はちらりとも振り向かずにやがて姿が見えなくなっ
た。
アリアも頭にきてはいたが、口からは罵声とは別の物が飛び出しそうでそれどころではなかった。





三人が辿り着いたのは、石造りの家が広がる村。
紛争中にしては村の雰囲気はやけに穏やかで、アリア達の方を見る住民の目も幾分か友好的に見え
る。
アリア達の前を横切る子供達や、のんびりと洗濯物を干す母親の姿。
想像していた悲惨な光景とは全く逆の、実に平和な街並みだ。
するとその時、白いローブを羽織った中年の男がアリア達の前に現れた。

「ようこそ、使徒様。ご案内致します」

「あなたは?」

「ロア族のホトと言います。使徒様を、族長の元までご案内いたします」

アリアはモニカとリーと顔を見合わせ、頷いた。
ホトという男の後ろを、とりあえずついて歩く。
ホトは、だいぶ先まで真っ直ぐ伸びる長い道を、堂々と真ん中を歩いている。
この村の偉い人なのか、ホトのゆく先を住民が避けて道をつくる。
ほう、とアリアは思わず呟いた。
すると、モニカが歩く速さを速めてホトの隣へと移動した。
移動する間に何かを話すつもりらしい。
さすがしっかり者、と心の中だけで呼びかける。

「何故、私達がわかったのですか?」

「我等の長は、この村全体を常に見守っておられるのです。それに、その黒いコートを見て使徒だと
わからない者はバルト国にはおりません」

気配を察知したという事か?
この村はかなりの規模だ。
だとすると、族長はかなりのやり手ということだろうか。

「私達の前に、同じ使徒の黒髪の男が来ませんでしたか?」

「黒髪の使徒・・・それは、かの有名な星羅様の事でしょうか。はて・・・申し訳ありませんが、ホ
トは存じ上げません」

「それからしばらく前にこちらに白いコートの戦士が数人来たと思うのですが」

「はて、存じ上げません」

モニカはアリア達の方を振り向いて、わからない、という風に頭をかく。
すると、ホトが何か思いついたようにはっとしてアリア達の方に振り向いた。

「もしかすると、使徒様のお仲間は、我等ロア族の村ではなく、ベリナ族の村へ向かわれたのかもし
れません」

「ああ、きっとそうだわ。ベリナ族の村はここから近いかしら?」

「はい。隣り合わせになっておりますが・・・近づくのはおやめになった方がいいかと」

「どうして?そういえば、紛争はどうなっているの?」

ホトの表情に、少し暗雲がかかる。

「紛争はただいま停戦中でございます。我等の長は、平和を望む心優しいお方であります。ベリナ族
の方に協定を結ぼうと交渉しているのですが、ベリナ族の方は我等ロア族を滅ぼそうと考えている次
第でございまして・・・」

「停戦中だったの?戦いが収まりそうにないって聞いたけど・・・」

「ベリナ族は非常に戦いを好む残虐な輩ばかりです。ベリナ族に干渉しようとする者は片っ端から捕
らえられ、魔術の贄にされると」

「贄って・・・」

「ひい」

リーがその小さな身を震え上がらせる。
贄を必要とする魔法は、邪悪で強大な魔法がほとんどで、禁じられているはずだ。
これは調査をする必要がありそうだ、と意気込んでいると突然目の前に大きな階段が見えた。
その階段の先には、村と同じ白い石で形作られた大きな柱と巨大な入口があった。
そしてその入口の前に、ホトと同じ白いローブを身にまとった青年が立っていた。

「ようこそ、使徒様。私がロア族の長、レギュラスでございます」

年若い族長は、爽やかに微笑んだ。





「ここは、ロア族の聖なる神殿でございます。ロア族でない者の立ち入りは禁止されておりますが使
徒様は神の御加護を受けておられるでしょうから」

神殿の中に案内されると、そこはクレイシアの塔の玄関と同じくらい広かった。
塔の玄関は黒いが、この神殿は隅々まで真っ白な石でできている。
やがてモニカ達は小さな広間に通され、神殿と同じ白い石でできた椅子に腰掛けた。
向かい側にレギュラスが座る。
見れば見るほど、レギュラスは族長にしては若い。
アリアよりも少しばかり年上くらいだ。

「この度は遠い地からはるばるお越し下さり、随分お疲れでしょう。どうぞ、お気になさらずゆっく
りなさってください」

「いえ、大丈夫です。お話を伺ってもよろしいでしょうか」

モニカの随分と強気な態度にも、レギュラスは穏やかに微笑んで対処する。
若いのによくできた人物だ、とアリアは感心する。

「私達ロア族が賢者の一族であり、ベリナ族が魔女の一族だという事はご存知でしょうか?」

「いえ・・・初耳です」

「ロア族は光を司り、ベリナ族は闇を司る。代々この二つの族は互いに干渉する事なく、牽制し合い
ながら平衡を保っていました。しかし、元々魔女は気性が荒く、私達賢者とは決して相容れないその
狂気がとうとう、長らくあった二つの族の間の平衡を崩してしまったのです」

「それが今回の紛争の原因だと?」

「ええ・・・多くの罪無き賢者が魔女に連れ去られ、残虐な方法で殺されました。これ以上被害を大
きくするのは賢明ではないので、一時停戦を申し込み、協定を結ぼうと試みているのですが・・・魔
女たちはどうやら我等賢者の息の根を完全に止めたいようで」

力無くレギュラスは微笑む。
このままだと再び紛争が始まる可能性があるという事か。
ロア族は平和を望むが、ベリナ族は戦いを続ける事を望んでいる。
これは、ベリナ族に行って調査をするほかないだろう。
どうやらそれはモニカもリーも同じ考えのようで、互いに顔を見合わせ頷いた。

「わかりました・・・ただ、今回の紛争は周りの地域にも影響を及ぼしているようなのでクレイシア
が干渉する事をお許し下さい。それから申し訳ないのですが、この村での調査の許可を頂きたいので
すが」

「わかりました。ただ、この神殿はロア族の聖地なのでいくら使徒様でもこの広間までが限界で・・
・」

「いえ、十分です。ありがとうございます」

モニカ達はレギュラスと握手を交わし、広間を後にする。
広い廊下を歩きながら、リーは息をつく。

「思ったよりも理解ある人でしたね。アルドさんがよそ者の干渉を嫌うなんて言うから・・・」

「そうね。でも、本来の目的がわからないわ」

「何故、初期化による被害者が出なかったか?」

アリアの言葉に、モニカは深く頷く。
その時、ハッとしてリーがバッと素早く後ろを振り返った。
アリアとモニカは思わず立ち止まる。

「どうしたの?リー」

「・・・何か感じませんか?」

「え・・・?別に・・・」

「何を感じるの?」

「よくわかりません・・・魔力のような・・・視線のような・・・」

「えー?何それ」

モニカは首を傾げる。
リーはじっと、廊下の奥を見つめている。
先程の広間よりも先の先。
レギュラスが言っていた、ロア族の聖地。

「・・・レギュラスは村全体を常に見守っているらしいじゃない。それじゃない?」

アリアが小首を傾げて、言う。
モニカはその言葉に、怪訝そうに眉をひそめる。

「見られてるって事?」

「そういえば・・・村に入った時、全体的に何かに覆われている感じがしました」

リーが思い出したように、はっとする。
しかしモニカには全く通じないようで、頭をかく。

「何かって何よ」

「だから、魔力のような視線のような・・・」

「だから何なのよそれー」

「だってわかんないんですもん〜」

結局リーの言いたい事がわからないまま、三人は神殿を出た。
高台にある神殿は、村全体が見渡せる。
村を見下ろせば、白い石造りの建物ばかりの真っ白な風景が広がっていた。
そしてふと東の方に目をやると、ロア族のような白い建物ではなく、レンガづくりの建物ばかりが広
がっていた。
また、針葉樹と大きな岩山がそのレンガの村を覆っている。

「見たところ、あそこがベリナ族の村のようね」

「・・・行きますか?」

まだ贄の事に怯えているのか、恐る恐るという風にリーが二人に聞く。
アリアの方は相変わらず無表情だが、モニカは不敵に微笑んだ。

「行くに決まってんでしょ!」





「これは・・・・」

星羅は思わず、呟いた。
その呟きも、木々のざわめきにかき消された。
昼間の筈なのに、何故か空に広がるのは暗闇。
そして、大きな紅い月。

「・・・・・。」

何か言いたげな顔で、月を見上げる。
そして、見下ろせばそこには無残な姿で息絶えたクレイシアの戦士が数名。
白い筈のコートは血で真っ赤に染められている。
そして星羅はその死体の何かに気付き、その場に屈みこむ。
死体に触れると既に冷えきっており、だいぶ前に殺されたらしい。
そして星羅は、死体の右腕を掴んで持ち上げる。

「指が・・・無い」

その時、背後に気配を感じて星羅は素早く後ろを振り向く。
しかし次の瞬間、辺りに鮮やかな赤が散った。

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