After Valentine





「え〜?!マジで?!OKされたの?!」

「やっぱりね〜!絶対久保っち理恵の事好きだな〜って思ったもん!」

「てか、麻美は彼氏に渡したの?」

「それが聞いてよ〜!駿くんてば部活の後輩からのチョコちゃっかり受け取ってちゃっか
り食べてたんだよ!」

「う〜ん…でも義理ならよくない?」

「後輩だしねえ」

「ハート型の義理チョコとかある?!」

「何々、それでまさか喧嘩したの?バレンタインの日に?」

「あちゃ〜」

2月の寒いある日。
教室の隅でいつもの四人でランチタイム。
朝学校に来た時からずっと話題は昨日のバレンタインの話で持ちきりだ。
しかし、昨日だってずっと朝からバレンタインの話をしていたのだが、昨日までは嬉々と
していた雰囲気も、バレンタインが終われば苦い現実を知った人も多く。
実る恋より散る恋の方が多いのが現実。
隣で親友の樹里は、片想いの彼から付き返されたらしいチョコレートを昼食として鼻息荒
くして食べていた。

「ちょっと、樹里やめてよ。どういうリアクションしていいのかわかんないよ」

「いいよノーリアクションで!こっちは腹立ってんの!」

「腹いせかよ。チョコだけでお腹膨れんの?」

「愛は憎しみに変わりやすいってやつですか」

「てゆーかさ、翔子は昨日結局どうしたのよ?」

三人の目が、私に集まる。
私は心の中ではギクリと肩をすくめながらも、へらっと苦笑いしてみせた。

「渡さなかった」

「え〜!一緒に作ったやつ、めっちゃ上出来だったのに?」

「渡そうとはしたんだけどさ〜」

「やっぱ翔子には無理だったか」

「やっぱって何よー」

「人見知りの翔子が喋った事もない男子にチョコ渡すなんて、よくよく考えたら無謀以外
の何者でもないじゃん」

三人はうんうん、と頷いて全員が納得する。
翔子が小さくため息をつくと、樹里が突然むっとふくれっ面をした。

「何よその顔は〜!私はちゃんと渡して玉砕したんだからね!」

樹里はむっとしたままそう言って、おとつい一緒に作ったチョコレートの最後の一口を口
に入れた。
その様子を見て、翔子は心の中で大きくため息をつく。

そんなの、樹里だからできるんじゃん。

話し上手で明るくて友達多くて運動得意で積極的な樹里は、私とは正反対。
樹里にとっての告白と、私にとっての告白は緊張のランクが違う。
樹里には、私の気持ちなんてわからない。

「そういえば宏くん、後輩から告られてたよ」

「嘘ッ」

理恵の言葉に思わず私は立ち上がる。

「何でもっと早く言ってくれなかったのよ〜」

「だって、断ってたもん。宏くん」

「駿くんとは全然違うわ」

「コラコラ、自分の彼氏と比較しない」

「てかもし宏ちゃんがチョコもらったとしても、翔子には関係ないじゃん」

樹里の言葉に、思わずむっとして眉をひそめる。

「関係無くないもん!」

「関係ないじゃん、どうせ渡せなかったんだから」

私は樹里とは違うんだから、仕方ないじゃん!
と、言いたかったけど言えなかった。
むっと口を固く結んで、黙りこむ。
険悪な雰囲気に気付いた理恵が慌てて両者を宥める。

「まあまあ、もう終わったことじゃん。宏くんも断ってたんだからいいじゃんか」

「そうよ!駿くんに比べたら…」

「麻美の愚痴はおいといて!」

思わず私も樹里も吹き出して笑う。
険悪な雰囲気も全部笑いに変わって、一見元通りになったように見えた。
けど、私の心の中にある闇はまだ消えていない。

関係ないじゃん、どうせ渡せなかったんだから。

樹里には一生わからない。
私の気持ちなんて。


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「あ〜そっかあ!理恵は今日から久保っちと一緒に帰るんだ!」

「ごめん!言うの忘れてた!てか隼と帰る事自体忘れてた!」

帰る時になってようやく理恵が彼氏持ちになったという事に気付いた。
そうだ、彼氏持ちってのは彼氏と帰るに決まってんじゃん。
すっかりいつものように一緒に帰ろうとしていた私は、思わずうなだれる。

「てかオイオイ、それは忘れちゃ駄目だろ」

「てゆーか“ハヤト”ですって奥さん」

「うわー久保っちからハヤトに昇格〜!さすが彼女〜」

「うっさい!」

「じゃあ樹里帰ろ〜」

「あ、ごめん翔子。今日部活のミーティングあるんだ」

「え〜私一人〜?」

「じゃあね、バイバイ!」

「また明日〜」

ぷう、と不満げに頬を膨らませて私は一人校門を出る。
すると、額に何か冷たいものが落ちてきた。
ふと空を見上げると、雨と区別がつかないほどの小雪がまばらに降りだした。
傘をさすほどでもないか。
朝、母に強制的に持たされた傘をささずに私はそのまま校門を出た。
その時、ふといつもと違う違和感に気付く。

「あ、手袋!」

いつもより妙に寒いと思ったら、そういえば手袋を教室に忘れていた。
急いで踵を返して校舎の方へ駆け出す。
上靴も履かないで裸足のまま階段を駆け上がって、そこそこ息も上がって、教室の前に辿
り着く。
その時、教室の中に見覚えのある二人の姿が見えた。

あ、麻美と樹里じゃん。

なんだよ樹里、ミーティングじゃないのかよ〜とむっとしながら教室の扉を開けようと手
を伸ばす。

「翔子さあ」

その時思わず出てきた自分の名前に、その手がとまる。
自分の名前を口にした樹里の声色がどうにも良くない気がして、無意識にそのまま息を潜
めた。

「ありえなくない?!告らないとか!こっちがどんな思いで身を引いたと」

「まあまあ、翔子も知らないんだからさ」

「それも無神経でしょ!ずっと前から私が宏ちゃんの事好きだって、気付いてなかったの
翔子だけだよ?」

「まあ、翔子は全然恋愛とか経験無いからね」

「だから私が身を引いてあげたんじゃん。なのに告らないとか…意味わかんない!」

私はそのまま、教室の扉の前で棒立ちになった。
そんなの、知らない。
知るわけない。

樹里は宏くんの事を「宏ちゃん」と呼ぶ程、仲が良かった。
委員会が同じらしくて、それで少し親しいだけだと思ってた。
私が宏くんの事を好きだって、思い切って話したときも、そんな素振り全然見せずにただ
祝福してくれた。

私、宏ちゃんと仲いいから翔子の事アピールしといてあげるよ!だからチョコあげなって!

あの言葉は真意じゃなかったって事?
私に対する同情とお情けだったの?
身をひいてあげたなんて…
私が頼んだわけじゃない!
それにそんなに簡単に友達に好きな人を譲るなんて、そこまで本気じゃなかったって事じゃ
ない。
あんなに偉そうに言われる筋合い無い!

「あ、翔子!」

麻美が私の姿に気付いてしまったようだった。
樹里が驚いた顔をしてこちらを振り向く。
私はその場に立ちすくんだまま、樹里の表情を窺うように見やった。
樹里の表情は、曇りがかっている。

「何よ・・・盗み聞き?」

「・・・聞きたくて聞いたんじゃないもん」

「じゃあこの際だから言うけどさあ、翔子・・・」

「知らなかったんだから、仕方ないじゃん!」

思わず私は声を荒げていた。
いつも言えない事が、今なら言える気がした。

「何よ偉そうに・・・樹里が勝手に身を引いて勝手に怒ってるだけじゃん、そんなの理不尽
じゃん!昨日私がどれだけ緊張したのか樹里にはわかんないよ、わかんないからそんな事言
えるんじゃん!」

「翔子・・・」

麻美の声が聞こえたけど、私は背を向けて走り出した。
階段を駆け降りる。
急いでいた。焦っていた。
そして気付いた。
私、逃げてる。

ようやく言えたと思った。
立ち向かえたと思えた。
けど、違う。
あの時思わず口に出す事ができたのは、樹里が言おうとしていた何かを聞きたくなかったか
ら。

そして言うだけ言って、こうやって逃げてきた。

弱い。
樹里と違って、私はこんなにも弱い。

「うわっ」

突然、誰かにぶつかった。
私はバランスを崩して、思わず尻もちをついてしまった。
そしてふと見上げて、私は驚愕した。

「うわっ、宏くん」

「は?」

偶然というか、奇跡というか。
そこに立っていたのは宏くんだった。
喋った事も無い女子に突然名前を呼ばれて、怪訝そうにこちらを見下ろしている。
その事に気付いた私は顔が真っ赤に紅潮して、何を言っていいのかわからなくなった。

喋った事もないし、向こうは多分私の事知らないのに!
びっくりして思わず宏くんとか言っちゃった!
うわ、やばい、どうしよう!
絶対キモいって思われる・・・・

「キモ」

・・・・へ?

思わずきょとんとして、立っている宏くんを見上げる。
宏くんが私を見下ろす目は、私の知っているあの優しくてカッコいい宏くんではなかった。
明らかに嫌悪の表情を見せて、ふん、と鼻で私を蔑んでその場を去った。
私は尻もちをついたまま、呆然としていた。

「翔子!」

麻美の声に、私は思わず後ろを振り返る。
麻美が苦笑しながら、手を差し伸べてくれた。

「こんなところに座り込んで・・・何してんの?」

「あ、」

麻美の後ろにいた樹里が、私のカバンに手を伸ばす。
私は思わずハッと息を呑む。
私が尻もちをついたときに一緒に投げ出されたカバンからは、綺麗なラッピングの袋が覗い
ていた。

「コレ、おとついのチョコじゃん」

「・・・・昨日渡せなかったから、今日渡そうと思って」

もじもじと消え入りそうな私の声を聞いて、樹里は一瞬きょとんとして、次の瞬間大きく笑
った。

「なーんだ!じゃあホラッ、今から渡しに行きなって!」

「ううん、いいの」

「何でよ?」

またうじうじ虫?とばかりに眉をひそめる樹里に、私は吹っ切れたように大きな声で笑
った。
そんな私を意味がわからないといった顔で麻美と樹里が首をかしげて見つめる。

「そのチョコは、仲直りの印に樹里にあげる!」

「え、どして?」

「聞いてよ!マジ幻滅なんだよ!さっきそこで宏くんがさ〜」

「うわ、面倒くさっ!酔っ払い翔子発動だよ」

私の愚痴を、二人は苦笑しながら聞いていた。
宏くんの思わぬ裏の顔には二人もびっくりしたようだ。
けど、さっきのショックが二人に話していくうちにどんどん薄れていって、むしろ苛々してき
た。

「あんだけ爽やかスマイル醸し出しといてそりゃないよ!私の初恋を返せ!」

「つーか翔子このチョコいらない。同じの昼飯で食ったし」

「いいじゃん、今晩のオカズに」

「何で夕飯まで同じチョコ食べなきゃいけないのよ!自分で食え!」

「嫌だ!これには宏くんへの愛が詰まってんの!見てると苛々すんの!」

「本日2人目だよ。愛が憎しみに変わった人」

誰もいない夕暮れの廊下に三人の笑い声が響く。
私の初恋と共に、初めてのバレンタインは思わぬ結果として散ったけど、それはそれでよかっ
た気がする。
私は自分のつくったチョコレートを一齧りする。

「うわッ、何コレッ、超苦いッ!」

「そりゃーもうそのチョコには憎しみしか詰まってないんだから当たり前っしょ」

「翔子の初恋はほろ苦じゃなくて激苦だね」

激苦な私の初恋。
けれど甘い友情と中和されて
私のバレンタインは、ほのかな甘さとほろ苦さでいい感じにビターになったと思う。


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