第十一夜              太陽と月





アリアが龍の背に乗り飛び去るのを見送った星羅達は、互いに顔を見合わせ、ほぼ同時に敵に向かって駆け出した。
星羅達三人と、数百の敵が交ざり合う。
目の前で紅が散り、敵が崩れ落ちていく。
星羅は刀を振りかざしながら、敵の爛々と光る眼を見つめた。
斬られながらも、力が漲っている。
どうも様子がおかしい。
その時、突然星羅はわき腹に激痛が走って一瞬バランスを崩した。
右足が滑るようにして体が前傾に崩れる。
その隙を見つけた賢者たちが目をますます不気味に光らせて星羅に向かって刃を振りかざした。

「星羅!!」

星羅は苦々しく顔を歪ませ、腹の痛みに耐えながら、片膝をついたまま乱暴に刀を横一直線に斬る。
一度に数人を斬り倒し、目の前の敵が一斉に崩れゆくも星羅の腹も赤く滲んだ。
それに気付いたリーが顔を蒼白にする。

「星羅さん、その傷は・・・」

「前を見ろ!!気にするな!」

「星羅、あなたも先へ行くべきよ」

「何だと?」

星羅が睨むようにモニカを見上げる。
だが、その瞬間再びはしった激痛に星羅は思わず腹の傷を手で押さえた。
急に体を動かしたせいで、オルネラとの戦いのときの傷が完全に開いてしまったらしい。
痛みを隠そうとする星羅の前に、モニカが立ちはだかる。

「神殿よ、星羅。ロア族の神殿に行くの!!」

「この数、お前ら二人じゃ厳しいだろう」

「大丈夫です、星羅さん。行ってください」

少し離れた場所からリーも叫ぶ。
先ほどのアリアもこんな気持ちだったのか、と星羅は苦笑する。
そして痛みを呑みこんで瞬時に立ち上がり、星羅は大きく息を吸い込んだ。
ふっと星羅が飛び上がったかと思うと、星羅は壁をかけあがってほぼ垂直に壁の上を走った。
それに気付いて星羅に向かって伸ばされる敵の手を刀で切り落とし、もう片方の手で傷口をおさえて壁を走る。
その時、敵の後方に白色の影にまぎれて、黒い影が見えた。

「使徒様、先へ進んでください!!」

オルネラと同じような趣味の悪いローブをはおった魔女たちがこちらに手を振りかざしているのが見える。
どうやら魔女たちも応戦しているようで、思っているより状況はこちらに不利なわけでもなさそうだった。
遠目でも目立つあのローブは、まったく悪趣味も甚だしいと星羅は苦笑交じりにつぶやいた。





やがて星羅はロア族の神殿へと辿り着いた。
ベリナ族の神殿と一寸も違わぬ姿だが、その色は純白。
穢れの無い真っ白な廊下に、赤い血の跡を残しながら星羅は奥へ奥へと走る。

それにしてもおかしい。

星羅は眉間に皺を寄せた。
賢者は全員月の花を奪いにベリナ族の神殿を攻めに出払ったというのか?
自分たちの神殿にも対になる花があるはず。
それを守る者が一人もいないなんて、あまりに奇妙だ。

「何・・・?」

星羅は思わず、立ち止った。
一番奥の、花が封印されているはずの部屋。
開くときに地響きがなるほど重厚なつくりであるはずのあの扉が、すでに開いていた。
星羅は刀を構え、警戒しながら扉へ近づく。
そっと中を窺うと、そこにはベリナ族の神殿とは正反対に、白い広間の中央に黒い台があった。
そしてその台の上には、光輝く花があった。
弱弱しい月の花とは大違いで、眩しいほどの輝きを放っていて、とても強大な力を感じる。
そしてその花は、台の上でふわふわと揺らめきながら浮遊していた。
その時、星羅は気付いた。
神殿に攻め入っていた賢者のあの爛々とした目と漲っていた力。
あれは、この花による影響だったのだ。

「くそっ・・・近づけない」

花に触れるどころか、開いた扉の向こうにどうしても入ることができない。
あの強大な光に拒まれているようだった。
星羅は無理矢理入ろうとするのを諦め、扉の前に静かに立ち直った。

この強大な力、完全に光の力だ。
ということは、おそらくすでに封印されていた光はレギュラスによって解かれてしまっている。
闇の力が弱まり、光と闇の力がアンバランスである今、光を再び封印することは難しいだろう。
しかもそれが一刻の猶予も争うとなると・・・





星羅が早足でロア族の神殿から出て階段を下りているとき、自分の影にかかる大きなもう一つの影に気付いて立ち止まった。
ふと頭上を見上げた瞬間、大きな何かが星羅の真上に落ちてきた。

「痛って・・・・」

階段から転げ落ちることだけはなんとか防いだ星羅は、そこに倒れこんだまま自分の上にのっかっているものを容赦なく掴みあげた。

「うわ、何すっ」

「お前・・・アリアか」

アリアだとわかった瞬間、突然星羅はアリアから手を離した。
そのうえご丁寧にアリアを自分の上ではなく地面の上に落とし、もちろんアリアは鈍い音と共に尻を打った。
地面に落ちる時、手をつこうとしなかったアリアを見て、ふと星羅は目を眇める。

「お前・・・手、どうした」

「どうしたじゃねーよ、お前の龍のせいで火傷したんでしょうが」

確かにアリアの掌は、赤茶色に焼けていた。
しかししっかりとその右手には月の花が握られていた。
星羅はそれを無言で見つめていたが、突如乱暴にアリアの両手首を掴む。
アリアは思い切り顔をしかめ、抵抗を試みるが星羅は力強く掴んだまま離さなかった。
すると、アリアの手首を掴む星羅の手が青白く光り、たちまちアリアの焦げた掌は元の白く滑らかな皮膚に戻った。

「あ・・・どうも。って、お前も腹、血が・・・」

「そんなことより、光の封印が解かれている。再度封印はほぼ不可能。しかも解き放たれた光によって、賢者の力が増している。おそらくレギュラスも強大な力を手にしているだろう」

星羅の短くわかりやすい説明を、アリアは黙って聞いていた。
アリアの方も、無駄に聞き返したり驚いたりすることもなく淡々とそれを理解した。
星羅は、無言で考え込むアリアの横顔をじっと見つめる。

・・・頑固のくせに、こういうときはやけに物分かりのいい奴だ。

すると、おもむろにアリアが目線をあげたので星羅の目線とぶつかる。
星羅は思わずふっと目をそらしたが、アリアがそれを見て訝しげに星羅の足を踏んだ。

「何だ、どけ」

「今私の方見てたでしょ。この変態」

「変っ・・・」

ポーカーフェイスの星羅にしては珍しく、表情がわかりやすい程に歪んだ。
そして踏まれていたアリアの足を払いのけ、ブーツの上からアリアの向こう脛を思い切り蹴る。

「いった!!」

「仕返しだ、何が悪い」

睨みあうが、どうにか互いに拳をおさめて歩き出した。
二人は早足でベリナ族の村の方へ急ぐ。
肩を並べて歩きながら、二人の口は勢いづいて絶えず動き続けた。

「何が悪いって、はじまりはあなたでしょ?」

「俺は変態じゃない」

「変態でしょ、人の事黙ってじろじろと」

その瞬間、二人の会話を遮るように街に爆音が響いた。
二人は同時に爆発した方に目を向け、様子を窺う。
確かめるまでもなく、場所はちょうどベリナの神殿の方だった。

「行くぞ」

「わかってるわ」

二人は地面を強く蹴って勢いよく飛び上がり、高い木の枝に同時に降り立つ。
そこから見えたのは、砂煙に覆われたベリナの神殿だった。

「くっそ・・・」

「急ぐわよ!」

木々の枝から枝へと飛び続けていると、アリアと星羅は砂煙の中にうっすらと人影を見つけた。
アリアと星羅は一瞬、顔を見合わせてすぐにその人影に向かって急降下した。
まだ砂煙のせいで、それが誰かはわからない。
二人はほとんど同時に地面に降り立ち、人影の方へ駆け出す。
そうして偶然吹いた横風に砂煙が流され、その人影の正体がわかった瞬間二人は急ブレーキをかけて足をとめた。

「レギュラス・・・」

「おや・・・使徒の方々ですか」

そこには、体中血塗れで左肩から先を失ったレギュラスが立っていた。
その目には先程までの柔和な雰囲気を忘れさせるほどの殺気が漲っていた。
三人の間に緊張が張り詰める。
レギュラスの荒い息が風の吹く音に紛れて聞こえる。
その時、風の音にかき消されそうな程小さな声で星羅が囁いた。

「オルネラはどこだ」

その声に、アリアはレギュラスから目を離さないまま気配でオルネラを探す。
砂ぼこりの中に、オルネラの魔力は無かった。
その時、アリアは自分の右手の中で起こっている異変に気が付き、星羅に囁き返した。

「月の花の光がさっきよりだいぶ弱くなってる・・・」

星羅は横目でちらりとアリアの握る月の花に目をやった。
確かに、先程までは弱弱しくも赤い光を放っていた月の花は、今にもその輝きさえ失いそうであった。

「・・・おそらく、陽の花の力を持つレギュラスが近くにいるからだろう。その花をレギュラスに近づけるな。最悪の場合、光が消えてしまうかもしれない」

アリアはそれに頷いた。
しかし、その事情をレギュラスもわかっているらしく、先程までの切羽詰まった表情を消し去り笑みを浮かべた。
それを見て、アリアと星羅は眉間に皺を寄せる。

「ははっ・・・闇の番人が消えた今、その花もおしまいだ」

「オルネラはどうした」

「番人である者が聖なる神殿を破壊したんだ・・・その代償は、大きい」

その言葉に、アリアは顔をしかめる。
しかし冷静に星羅が幾分早口でアリアに言った。

「どうにかして闇と光のバランスを戻さなければならない。ただ、光を再び封印する事はさっきも言ったように不可能に近い。確信は無いが、光の封印を解いたあいつが死ねば・・・解放された力が弱まるかもしれない」

「それでも解放された力と封印されている闇の力が釣り合うとは思えないわ。ねえ、星羅」

アリアは左手で星羅の背中を軽く掴む。
コートが引っ張られるのを感じた星羅は顔をしかめるが、アリアは至って真剣な表情で言った。

「闇の力も・・・解放してしまうのはどうかしら」

星羅はその言葉に一瞬にして瞠目した。

「それはリスクが高すぎる。何が起こるかわからない」

「わかってる」

「それに封印を解くには、番人であるオルネラが必要だろう。それこそ不可能だ」

「・・・。」

オルネラはもういない。
ならば、封印は解けない。
アリアが黙り込み、引っ張られていたコートが緩んだ事によってアリアの掴んでいた力が弱まるのを星羅は感じた。

使徒という立場上、星羅は任務では大きな決断を迫られる場面が多い。
その決断によって、任務の結果が左右し、救える人の命の行方も左右される。
クレイシア最強と言われていても、今までの決断が全て正しかったわけではない。
経験からしても、リスクが高いものや可能性が低い選択肢を選んで成功だった例は少ない。
そんなの、当たり前の事だ。
だが、当たり前の事だとしても。
いつも冷静沈着であるはずの自分は、この時だけは何故だか信じてみようと思ったのだ。

「オルネラを探せ」

突然の星羅のその一言に、アリアは驚きを露わにして目を見開いた。
しかしすぐに星羅の意思を汲み取ったらしいアリアは、星羅の背中から手を離すと素早く地面を蹴った。
そして後方へと逃げようとしたが、アリアは何かに気付いて瞬時に立ちどまり、星羅の隣へと戻った。
「流石使徒・・・敏い奴だ」

先程まで荒かったレギュラスの息は、完全に整っていた。
血塗れの姿には相応しくない、余裕の笑みまで窺える。
その余裕は、次の言葉にもあらわれていた。

「貴様等は、陽の花の力に完全に包囲されている・・・月の花の神殿が破壊された以上、もはや栄光は陽の花にしかない」

濃密な光の力が星羅とアリアとレギュラスの三人を取り囲んでいた。
それと同じような光が、レギュラスからも漲っている。
アリアの右手にある月の花は、今にも消えてしまいそうだった。
アリアと星羅は互いに背中を合わせ、光の力を警戒する。
その時、レギュラスの背後の神殿の瓦礫が音を立てて揺らいだ。

「レギュラス・・・」

そう呟いて、瓦礫の中から姿をあらわしたのはオルネラだった。
その姿を目にしたレギュラスは瞠目して顔をしかめた。

「何故・・・」

「オルネラ!」

アリアは月の花をオルネラの方に投げた。
宙を舞う月の花は、陽の花の光を受けて今にも萎れそうだったが、オルネラがそれを素早く捉た瞬間、月の花の光が少し強まった気がした。
しかし、その光が未だ弱弱しいのを見てレギュラスは再びその顔に笑みを戻した。

「狂いの魔女・・・もはや貴様に勝ち目は無い。さあ、月の花を渡せ」

「レギュラス、お前もわかっているはずだ。闇の力がなくなれば・・・」

「オルネラ!」

アリアの声に、レギュラスとオルネラが振り返る。
そこには何故かアリアの姿しかなかった。

「月の花の封印を解け!!」

「なっ・・・そんな事をしたら」

「ザファラ 拘束の檻!」

突如横から現れた星羅に気付く間も無く、レギュラスは鋼に呑まれる。
しかし、それも束の間鋼の隙間から強い光が漏れだす。
今にも壊れそうに震える鋼の檻を、星羅が印を結んだまま必死に抑え込んでいる。

「オルネラ!!迷っている暇は無い!!」

「違う・・・言い伝えによれば・・・」

オルネラは月の花を手にしたまま、頭を抱え込む。
目を閉じて、何かをぶつぶつ呟いていた。
檻の震えは徐々に大きくなる。

「思い出せ・・・思い出せ・・・封印されし力を破り、二つを手に入れし者・・・」

「オルネラっ・・・」

星羅の声と同時に、鋼が眩しい光と共に弾け飛んだ。
その爆風に星羅とアリアは後方へ吹き飛ばされる。
オルネラは必死に耐えていたが、それも虚しく足が宙に浮いた瞬間、爆風に体を呑みこまれた。
その時強い光が、飛ばされるオルネラに向かって伸びてくるのが見えた。

「ベクレクト!!」

後方からの星羅のとっさの呪文で、鋭い光はオルネラを貫く直前に弾かれた。
しかし、その時光がオルネラの手から月の花を攫った。

「クソッ!!」

オルネラの叫びも虚しく、咄嗟に手を伸ばすが指の先がかろうじてかすっただけで月の花はオルネラから遠ざかる。
アリアは息を呑んだ。
星羅は印を結ぼうとしたが、間に合わない。
レギュラスの笑みが見えた。

「レギュラス!!だめだ!!」

オルネラが叫んだと同時に、月の花がレギュラスの手の中へと飛び込んでいった。
レギュラスが、月の花を握り締めた。
その瞬間、弱弱しかった赤い光が完全に途切れ、一瞬にして月の花は萎んであとかたも無く消えうせた。

「消えた・・・」

「違う!!」

瓦礫の中に倒れ込んだまま、オルネラは叫んだ。
しかし、強大な力と闇の力を完全に根絶やした事に酔ったレギュラスには聞こえていないようだ。
オルネラは声を枯らして、もう一度叫ぶ。

「月の花は消えたんじゃない・・・・・取り込まれたんだ!!陽の花に!!」

星羅とアリアは顔を見合わせる。
それが何を意味しているのかわからないといったふうにオルネラをもう一度見やると、オルネラは切羽詰まった顔で、力を振り絞るようにして叫んだ。

「一体となる・・・光と闇が!!」

次の瞬間、世界が白く染まった。

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