第十夜              狂いの賢者と狂った光





「・・・レギュラス」

外からの光を背にして堂々と立つレギュラスの姿に、オルネラは目を眇める。
レギュラスはベリナの神殿の聖地をゆっくりと見渡し、やがてオルネラに目線を戻す。
口の端に笑みを湛えてはいるが、レギュラスの瞳は決して笑ってはいない。

来る。

場の全員がそれに気付く。
しかし、戦闘態勢に入るより一瞬早くレギュラスが動く。
地面を蹴り上げ、オルネラの頭上を悠々と飛び越える。
だが、誰よりも早く反応していた星羅がレギュラスの目の前に瞬時に現れた。

「チッ」

星羅の蹴りをすれすれでかわして、レギュラスは地面に降り立つ。
レギュラスが降り立ったそこは誰よりも月の花に近い位置で、誰もがそれに気付いたときハッと息を呑んだ。
その時、オルネラが叫びに近い声で呪文を唱えた。

「Vellinalore 突光!」

途端に眩しい光がアリアの目の前を横切った。
直後に、何かにぶつかって崩れる音が聞こえた。
オルネラの攻撃はレギュラスを外し、月の花がそびえる台に直撃したらしい。
月の花が揺らめき、崩れる台とともに瓦礫の中へと姿が消える。
駆け出すレギュラスより早く、すでにこちらに駆け出していたモニカが飛んだ。

「オルネラ!!」

上手く掴んだ月の花を、モニカがオルネラに投げる。
オルネラはそれを無事に受け取ったが、何故かすぐに隣にいたアリアに半ば押し付けるような形で握らせた。

「オルネラ、これはどういう・・・」

「それを持って外へ逃げて!!早く!!」

オルネラが吠えるように低い声で叫ぶ。
続いてリーが扉の外から叫んだ。

「敵が神殿内へ攻め入っています!もう私のバリアも限界です!!」

リーの額に、光に反射する汗が見えた。
アリアが唇を噛みしめ、判断しかねているとアリアの肩を星羅が叩く。
それに促され、アリアは月の花を握り締めて、オルネラに頷いて見せた。
オルネラはそれに頷き返すと、アリアに背を向け、レギュラスと対峙した。
その様子を見やり、アリアは星羅やモニカと共に聖地を後にした。
アリア達の背の向こうで、地響きとともに聖地の扉が閉まる音が聞こえた。

廊下を走っているうちすぐに、反対側から蠢く白い影が見えた。
賢者達が、光を司る白いローブに似合わぬ黒く光る剣や銃を手に押し寄せてくる。
その数、数百。
四人は瞬時に戦闘態勢に入った。
だが、星羅を先頭にしてモニカとリーもアリアを守るように背で囲った。
アリアは目を見開き、思わず勢いから星羅のコートの襟をつかむ。

「ちょっと、どうして私の前に立ちはだかるの!!」

「お前が月の花を持っているからだろう!」

自分と同じかそれ以上の剣幕で返され、アリアは思わず黙り込む。
横からモニカが敵を見据えたまま小さな声でアリアに囁いた。

「オルネラは、私達がベリナ族の敵だとわかった上でその花をあなたに託したのよ。だからあなたは、その花をオルネラに代わって必ず守り抜かなくてはいけないわ」

アリアは何も言い返せず、思わず花の茎を握り締める。
アリアの右手で、月の花は赤く輝いている。
その赤色は、なんて弱弱しく、禍々しいのだろう。
一方、こちらに向かってくる敵が纏う光は、強大で神々しい。
星羅は、アリアを背に庇って印を結んだ。

「ガーネルショット!!紅蓮の龍」

高度な呪文を易々と使う星羅を見て、改めて凄い奴だと惚れ惚れする。
しかしそれも束の間、アリアは星羅に首根っこを掴まれ、全く状況が理解できぬ間に体が宙に浮く。
すると先ほどの呪文で現れた炎の龍の背に放り投げだされる。

「熱ッ!!」

「少しの間、我慢しろ!!角をしっかり掴め!」

星羅の言葉に、アリアは火傷覚悟で炎の角をしっかり握りしめた。
その瞬間、龍が疾風の如く、否、疾風より遥かに速いスピードで飛び出した。
背にいるアリアには景色は走馬灯のようにしか見えないが、龍は向かう敵の中をすり抜け、燃え焦がしながら神殿の長い廊下を駆け抜けていった。





オルネラは途端に静かになった広間で、レギュラスと対峙する。
閉塞的な空間で、さっきよりも感じるのはレギュラスの纏う強大な魔力。
例えるなら、その色は白。
まるでレギュラスは光を纏っているようだった。

「貴様・・・」

いつもよりレギュラスの顔に余裕が見えるのは、纏う光のせいだろうか。
レギュラスは微笑みながらも、声色は忌々しそうにオルネラに話しかける。

「あー・・・面倒なことをしてくれましたね・・・どうせ外にいる賢者達が足止めしてくれているでしょうが」

「相手はクレイシアの使徒だ。賢者どもじゃ相手にならない」

「今の私達には、強力な武器がある」

レギュラスが、薄気味悪く笑う。
オルネラは顔をしかめて、レギュラスを強く睨みつける。
そしてオルネラは警戒しながらも、素早い動作で印を結ぶ。
普通の魔法の印ではなく、非常に奇怪な印。
だが、レギュラスはそれを知っていた。

「突・・」

「突光」

オルネラの驚きと絶望に見開かれた目が見えた気がしたが、それも一瞬。
オルネラを遮ってレギュラスがその言葉を口にした瞬間、オルネラを光が貫く。
しかし、それでも運が良かったのか心臓を外れ、貫いたのはオルネラの肩だった。
オルネラはそのまま光と共に壁に勢いよく叩きつけられる。
レギュラスは顔に笑みを湛えたまま、オルネラを指差した。

「捻光」

「うあッ・・・」

苦痛の喘ぎと同時にオルネラの顔に汗が浮き上がる。
だがそれ以上、痛みを顔に出すまいと決めこんでいるようで、唇を強く噛みしめている。
オルネラの顎を血が伝う。
オルネラの長い髪が体を走る激痛に震え、そしてあることにレギュラスは気付く。
オルネラの紫紺色の髪が、徐々に色素が薄くなっていた。
いや、薄くなっているのではない。
これは・・・黄緑色?

「ッ!」

異変に気付いたレギュラスがいち早く地面を蹴ってオルネラからなるべく遠くへ離れた。
そのおかげでオルネラを貫く光は消え、オルネラは震えながらも深く息を吐く。
そして顔をあげたオルネラを見て、レギュラスが眉間に皺を寄せる。
完全に黄緑色と化したオルネラの髪が、まるで一本一本が生きているかのように蠢いていた。

「何の真似だ」

レギュラスの声にも、オルネラは答えない。
そして次の瞬間、オルネラの髪の一部がレギュラスに向かって高速で伸びてゆく。
レギュラスは間一髪でそれを避けたが、そのうちの一本がレギュラスのふくらはぎを貫いた。
レギュラスはたちまち痛みに表情を歪めた。

「ぐあっ・・・たかが髪の毛一本に」

黄緑色に光る髪の毛が、レギュラスのふくらはぎを壁に縫い付けている。
オルネラの背後で無数の髪が蠢く姿を見て、レギュラスは苦痛の色を残したまま嘲笑う。

「まさに狂いの魔女だな・・・オルネラ。なんと禍々しい姿だ」

「真に狂っているのは貴様の方だ、レギュラス。その偽りの強さ・・・お前、陽の花を」

その言葉にレギュラスは不気味に微笑む。
そして高らかに声をあげて笑いだす。

「そうだ・・・我らには光の力がついているのだ・・・」

甲高いレギュラスの笑い声が、狭い広間に響き渡る。
木霊してさらに重なる尖った声に、オルネラは不快感を露わにしている。
そしてオルネラは、レギュラスの両手首ともう片方のふくらはぎにも自身の髪の毛の束を突きさして、レギュラスの笑い声を悲痛の叫びへと変えた。

「・・・動きを封じたところでどうする。貴様のその髪の毛で、私の心臓を一突きにするか?」

レギュラスは嘲笑う。
そうしたいのはやまやまなのだが、そうすることを躊躇われる理由を奴は知っている。
ここは神殿の奥底に眠る聖地。
聖地を血で穢すなど、以ての外。
レギュラスの心臓をこの髪で貫いた瞬間、おそらくオルネラは生きてこの聖地から出ることはできない。
だが、奴にはおそらく陽の花、光の力がある。
あの余裕の嘲笑は、きっとそのせいなのだろう。

「殺すなら殺してみろ、狂いの魔女オルネラ」

奴の甲高い笑い声が、響き渡る。

私が狂いの魔女と呼ばれているなら、お前も狂いの賢者だ、レギュラス。
貴様が手にしているのが光の力でも、それがお前を輝かせる事は未来永劫無いだろう。
今この瞬間、貴様は私と一緒に死んでもらう。

「Vellinalore 破光」

レギュラスの表情から、笑みが消えるのが見えた。
が、それも一瞬。
辺りに放たれた光で何も見えなくなる。
その光は焦げるように熱く、潰れるほどに眩しい。

レギュラス、苦しいか?
これが光の力だ。
光は必ずしも、人に快楽を与えはしない。
闇があるから、光は輝いて見える。
光だけの世界など、焦げるように熱く、潰れるほどに眩しいだけだ。

けれど、レギュラス。
やはり魔女と賢者は共存できないのだろうか。
私とお前が、こうやって殺し合うように。
光と闇は共存できないのだろうか。
闇の番人の私が、光に呑まれていくように。

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