迷惑メールの王子様
「うげ」
講義が終わって携帯の画面を覗きこむと、早紀は思わずぎょっとした。 深くため息をついてすぐに携帯を閉じた早紀を見て、隣に座っていた親友の莉奈が肩をつっつく。
「どーした?」
「最近、迷惑メールがやばくてさ・・・」
早紀が差し出した携帯を受け取って、受信ボックスを開いた莉奈は、さっきの早紀と同じようにぎょっと目を見開いた。
「うわーやばいじゃん、コレ…迷惑メール31件て。1日で30通も来るとか」
「講義の前には消したから、1時間で31件」
「うっわーそりゃ萎えるわ」
「なんかどっか変なサイトに登録しちゃったみたいでさ・・・それらしきとこは一応退会はしたんだけど」
「無駄でしょ、今更そんなことしても」
早紀は重くため息をつく。 周りの人達はどんどん立ち上がって出て行くが、足が重くてどうにも歩く気になれない。 とは言っても次の講義の時間が迫っていたので、渋々早紀は重い腰をあげた。
「どういう系のメールなわけ?」
「友達になりませんか?とか、返事下さい!とかから始まって、無視してると、なんで無視するの…?とか、もしかして怪しいと思ってる?とか、心から笑い合える友達が欲しいだけなんだ…とか、別に体目的とかじゃないよ!とか」
「激しくわざとらしいな」
「なんとかして返信させようとしてるっぽいんだよ」
「同じとこから来るの?」
「いや、3つぐらいの別のとこから来るけど、今後増えてくかも」
「だろうね」
「あ〜あ〜、変なのにモテるばっかで、リアルでは全然男寄って来ないんだから」
早紀はかかとをあげて、思い切り背伸びをする。 そのとき、廊下の大きな窓に映った自分の姿に目を留める。 バイト代で買った流行りの服に、朝の忙しい時間を割いてコテで巻いた髪とばっちりメイク、1ヶ月バナナ生活で手に入れたお金では買えないこのくびれ。 めっちゃ美人〜ってわけじゃないけど、ブサイクじゃない自信はある。 なのに、何で全くと言っていいほど男は寄ってこないんだろう。
「力入れ過ぎなのが相手にも伝わるんじゃない?」
「やっぱそう?!」
そう言う莉奈は、昔から全然変わらない。 そりゃ昔に比べて化粧はするようになったけど、ファッションだって全然変わらない。 普通だったのに高校に入って派手に目覚めた私に比べて、莉奈はいつも自分を突き進んでいた。 そんな莉奈はキラリと目を光らせて、早紀の鼻先を人差し指でつつく。
「薄々気づいて最近、メイクもナチュラルにし始めたでしょ」
「うわ、バレてた?」
「別に早紀らしくしてればいいのに。私は無理してない早紀の方がいいと思うけどな」
「それで男できないから骨盤ダイエット頑張ってんじゃん」
「今更そんなのしたって王子様はやってこないわよ」
「あ、噂をすれば王子様♪」
廊下の向こう側から歩いて来たのは、一つ上の菊池先輩。 茶髪で無造作ヘアスタイル、服装もシンプルだけどそれが似合ってしまうのがイケメンというもの。 早紀と同じように周りの女も菊池先輩を見てきゃいきゃいと黄色い声で騒いでいる。 菊池先輩はそれに気付いているのかいないのか、無反応のまま爽やかに早紀と莉奈の前を通り過ぎていった。 まるでキラキラと光の粒子が目に見えるくらいに、それくらい菊池先輩はカッコいい。
「やーん、目が合った気がする♪」
「気がしただけでしょ。大体、男を見た目で判断しちゃだめよ」
「わかってるよ〜本気じゃないし。目の保養にしてるだけだもん」
「まあでも菊池先輩は性格もいいって噂だけどね」
「へ〜そうなんだあ。でも、そんなに揃ってちゃ彼女いるでしょ」
「いないらしいよ。なんでも、意外に奥手だとか」
「へー、意外」
廊下を歩きながら、ほんの少しだけ後ろを振り返ってみる。 でも思った通り、菊池先輩はもういなかった。
あんなにカッコいい人でも、自分に自信が無かったりするもんかねえ。 いや、あれだけ周りの女の子に騒がれてそれは無い。 さすがにあれだけうるさくされると、自覚するほかないだろう。
早紀は、相手がどれだけいい人でも叶わない恋はしない主義である。 叶わない恋なんてしたって意味無いし、後戻りができなくなる前に諦める。 菊池先輩は、今後もきっと目の保養に留まるのだろうな、と早紀は菊池先輩が残した光の粒子の幻影を見つめた。
□■*:;;;:*□■*:;;;:*■□*:;;;:*■□*:;;;:*□■*:;;;:*□■
「うげ〜見てよ莉奈〜」
「何?迷惑メール?」
「新しいとこから来るようになった〜」
机に突っ伏して、携帯の画面だけを莉奈に見せる。 莉奈は携帯の画面を覗きこみ数秒見つめたあと、ふーんとそっけない返事を返した。
「他人事みたいに!」
「他人事だしね。てゆーか、今までの迷惑メールは派手だったのに、なんかやけにシンプルだね」
「あえてのシンプルじゃない?あえてシンプルに偽装する事によってよりリアルを演出みたいな」
「でも内容もシンプルだよね。「はじめまして。友達になりませんか。」とか」
「こっからだよ。こっからどんどん内容がエスカレートしてくるんだよ!」
早紀は重くため息をついて、昼ご飯のメロンパンをかじる。 莉奈は画面が開かれたまま投げ出された早紀の携帯を手にとって、なにやらじっと見つめている。
「今回の送り主はアホなのかな?」
「なんで?」
「メアドがバリバリ出ちゃってますけど」
画面を見てみると、莉奈の言うとおり今まではサイト名や名前しか出なかったのに、今回の迷惑メールはアドレスがそのまま表示されている。 けれどそのアドレスには全く見覚えがなくて、迷惑メールに間違いはなかった。
「別にメアド出てる迷惑メールなんていくらでもあるんじゃないの」
「まー、そうか」
メロンパンをかじりながら、そのメールを改めて見てみた。
はじめまして。 友達になりませんか? 返事、待ってます。
嘘つけー!と心の中だけで叫ぶ。 一番最初に来た迷惑メールも実にシンプルで、早紀は危うくひっかかりそうになったのを思い出した。 その数秒後にまた同じところからメールがきて、疑問に思ってようやく気付いたのだけど。
「いえろー・・・イエローレイク?」
「何ソレ」
「送り主のメアド。・・・黄色い湖?」
「もしかして、まんま名前だったりするんじゃない?」
「え〜黄湖さん?」
「変な名前〜!」
「あの」
ふと、早紀は呼びかけられた気がして後ろを振り向く。 そこにあった顔を見た瞬間、早紀は思わずむせこんだ。
「大丈夫、早紀」
「ぐふっ・・・メロンパンが・・・」
「大丈夫ですか」
菊池先輩の声に、早紀は逆に激しくむせこむ。 心配そうに覗きこむ輝く美貌に、早紀は思わずくらりと貧血を起こしそうだった。
菊池先輩が!! 菊池先輩が、私の背中を優しくさすっている!!
「メール、見てくれましたか?」
早紀はその言葉に目を見開き、莉奈の方を見る。 莉奈は驚いているようで、それでもって面白そうに、悪戯に微笑んだ。 早紀は恐る恐る自分の携帯を開く。 が、受信ボックスにはそれらしきメールはない。
「・・・もしや?」
早紀は菊池先輩に見えないよう、迷惑メールボックスを開いた。 63通のうざいメールの中に、1件だけ。 やけにシンプルなメールがある。 まるで目の前にいる菊池先輩のファッションのように。
「イエローレイクって・・・黄色い湖って意味じゃなくて、菊色の池って事かも」
莉奈は苦笑しながら、ぼそっと呟く。
菊色?! 聞いた事ないよ! 確かに菊は黄色かもしんないけど! 赤とか白の菊だってあるし! つか何でレイクが池になんの! レイクっつったら湖でしょーが!!
「ごめん、そういえば名前書いてなかったね」
「へっ」
「それ、僕のメアド」
菊地先輩は、早紀が思っていたよりも随分と弱々しく微笑む。 早紀は呆然と、想像より随分なよなよした王子様を見上げた。
奥手とは聞いていたが・・・ しかもちょっと馬鹿みたいだし。
早紀が見上げると、王子様はくしゃっと変に微笑む。 早紀は携帯に目を戻して、そのメールを、迷惑メールボックスから出して保護選択をした。
王子様は、どうやらヘタレみたいだ。
早紀は思わず笑った。
|