第十話      どこの勇者ヒーローも、馬鹿でまっすぐで純粋だ。






「はあ〜〜〜」

隣で、睦月の溜め息が聞こえた。
さっきから何度も何度も聞こえてくるそれは、おそらく疲れやストレスからきている。
すると、睦月のポケットから一シーズン前のドラマ主題歌だった曲が流れ始める。
睦月は慌てて携帯を取り出して、小さく溜め息をつきながら画面と睨みあっていた。

「また花代から?」

「うん・・・」

呆れるように鈴代が聞くと、睦月は思っていたよりかなりやつれているように見えた。
朝から十分か十五分おきに睦月の携帯は鳴っていた。
最近授業に出るようになった睦月も、今日は朝から屋上にいる。

鈴代は、一応妹の男癖については知っている。
幼い頃から鈴代よりも人懐っこく、明るい子ではあった。
さらに鈴代よりもフリルのついているような服が似合う可愛らしい外見だった為、その分両親の愛情も心なしか花代の方に偏っていたようにも思える。
ただ、甘やかされて育ったからか、花代は憎めない程度わがままに育った。
別に、悪い子ではないのだ。
男遊びに関して、悪気があるかどうかは別にして。
だから、今回の事も妹を責めることはできない。
妹は小学生の時から男子と交際をしていたようで、丞と肩を並べるほどの交際歴があるようだ。
そのどれもが長くは続かず、花代が彼氏を家につれてくることも無いのでその関係も浅いと言える。
だから今回も時間がたてば、すぐに別れるのではないかと鈴代は思っていた。
というより、そうであることを祈っている。

「そんなに頻繁に何話すことがあんのさ?」

「え・・・なんかテレビの話とか」

「へ〜」

「ていうか花代ちゃんも一応今授業中のはずだよね」

「まああの子は器用だから、多分授業中であっても・・・」

丞は半笑いで項垂れる睦月を見ている。
昨日からやけに丞は楽しそうだ。
この前まで不機嫌だった丞を、一体何が楽しくさせるのか鈴代にはわからない。
聞こうにも、何故だかわからないけど聞けなかった。

「そーいや丞、もう一回んまい棒おごれよ」

「何で」

「だってこの前のは睦月が食っちゃったじゃん」

「だって丞が食べていいって言ったもんよ」

「鈴、どうせ食べなかったじゃん」

「だからもう一回買えって言ってんの」

その時、どこからかバイブ音が聞こえる。
睦月は反射的に肩をびくっと震わせたが、バイブ音の後からドラマの主題歌はついてこなかった。
寝転がっていた丞がおもむろに起き上がり、どこかに置いている携帯を探す。
鳴っているのが丞の携帯だと知り、ほっと安堵に胸をなでおろす睦月を見て、鈴代は思わず苦笑する。
そして睦月は、自分のすぐ後ろに置いてあった丞の携帯に気付いた。

「ほい、丞」

「おーさんきゅ」

しかし丞の白い携帯を手に取った時、偶然にも睦月は見てしまった。
背面のディスプレイに表示された、白鳥という点滅する文字を。

「・・・。」

丞の携帯に目が釘付けになっている睦月を怪訝そうに見ながら、丞は携帯を受け取る。
そして受け取った後、自分もディスプレイを見てその理由に気付いたのか、丞も無言で睦月を見やる。
二人は、無言で互いを見つめあった。

「何、どうしたの?」

一方、何も知らない鈴代が不思議そうに沈黙する二人の背中を叩く。
睦月は気まずそうに丞から目をそらしたが、丞の方は相変わらず機嫌のいい笑みを浮かべていた。

「別に?」

そう言いながら丞は、携帯を開いて片手で操作する。
睦月が横目でちらちらと、丞のメールが気になるような素振りをしているのを鈴代は不思議そうに見ていた。
午後の陽だまりの中、なんとなく変な雰囲気で昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。





「相模っち!こっちー!」

誰もいない放課後の図書室。
電気もついていない閑静な図書室の奥の席で、白鳥美海がこちらに手を振っていた。
丞は面倒なのか手を振り返す事はせず、静かに白鳥美海の方へ歩み寄った。
丞が白鳥美海の向かいの席に腰かけたのと同時に、白鳥美海が何かを差し出した。

「お礼」

「お礼?」

白鳥美海が差し出したのは、パックのコーヒー牛乳とんまい棒のみたらし味。
その二つを見つめて沈黙する丞に、白鳥美海は小首を傾げた。

「しーちゃんと、付き合うことになったの」

「・・・そう」

白鳥美海の満面の笑みは、彼女が今幸せ最高潮である事を表している。
丞は無表情のまま無愛想に言った。

「よかったね」

「うん」

丞の無愛想な態度に臆することなく白鳥美海は最高の笑顔で微笑み返す。

「相模っちのおかげだよ」

「いえいえ」

「だって相模っちの作戦のおかげだもん!」

まさかあれが本当に功を奏すとは。
可能性を全く考えなかったわけではないが、あそこまで上手くいくとは正直思わなかった。

「よく俺がコーヒー牛乳好きって知ってたね」

「うん、前に睦月くんがそう言ってたのを覚えてて」

へえ、と丞は口の端で笑う。
丞の脳裏には、いつもの無邪気な睦月の笑顔と、今日の引き攣った睦月の表情の両方がよぎっていた。

「でも、んまい棒はパクチー派じゃなかったっけ」

「ううん?私はみたらし味が好きなの。あの時は鈴ちゃんにはパクチーが似合うかなって思って」

どうやらその言葉に悪意は見当たらない。
本心からの言葉のようで、思わず笑ってしまう。
突然、笑いだした丞を不思議そうに白鳥美海は見つめている。

本当、単純だ。
酷いくらい単純で、純粋だ。
どうして俺の周りにはこんなに純粋な奴等ばっかなんだろう。

純粋な奴等に囲まれて、対極の自分がやけに浮いて見える。
俺はあいつ等みたいな純粋な心を持ってない。
疎外感、というわけでもないが、あいつ等との違いをいつも、最近は特に感じる。

「あっ」

楽しそうなリズムのクラシック音楽が聞こえ始めたとほとんど同時に白鳥美海が声をあげた。
素早い動作で携帯を開いて、操作する。
表情を見れば、それが誰からのメールかすぐにわかった。

「私、もう行かなきゃ」

「霜月によろしく」

「うん!本当にありがとねっ、相模っち!」

白鳥美海は慌ただしく、それでも嬉しそうに図書室を去った。
静かになった暗い図書室で、丞は一息ついた。
そして白鳥美海からもらったコーヒー牛乳のパックについているストローを剥がす。
そのストローを、パックの穴に差そうとした時、丞はふと手をとめた。
物音が聞こえたわけでもないが、違う空気が自分の側をすり抜けるような、何かの気配を感じた。
丞はストローを差さぬまま、微動だにしない。
すると、何かに気付いた丞の様子に気付いたのか、図書室の入口に立つ何者かが口を開いた。

「・・・丞」

低音の、その声に含まれるのは憤りだろうか絶望だろうか。

「・・・どういう事?」

丞は、小さく溜め息をつく。
ストローをパックの上に置いて、丞は椅子に座ったまま後ろを振り返る。
そこにはやはり、聞こえてきた声の主が立っていた。
黙ってこちらを見ている。
いつもの彼からは想像もつかない、無の表情で。

「なあ、丞」

睦月は問いかける。

「丞が、白鳥と霜月をくっつけたのか」

ああ、聞いていたのか。
睦月の紡ぐ言葉は、淡々としているように聞こえる。
だが、あんなに単純で純粋で感情的な睦月に限ってそんなことは無いだろう。
どうせ、まだ信じられていないんだろう。
まだ、心のどこかで希望を持っているんだろう。

「なんで」

その証拠にこちらを見つめる瞳は、決して俺を責めてはいなかった。
ただ、問いかけていた。
確かめていた。
自分の信じている希望を。

「なんでって・・・俺が、睦月の事嫌いだからだよ」

純粋で綺麗な、どこかの勇者ヒーローみたいなその瞳が、俺の表情を無意識に歪ませる。
漫画に出てくる勇者はみんな、馬鹿でまっすぐで純粋だ。
睦月に、似ている。
睦月のそんなところを、鈴代も好きなんだろう。

でも俺は、非現実的な勇者というものが嫌いだ。
だから、勇者の希望をすっぱり断ち切ってやった。
睦月の表情が、青褪めていく。
睦月の瞳の色が、変わっていく。
最後まで煌めいていた希望が、絶望に塗りつぶされる瞬間を俺は、見た。