第一話      天が二物を与えた少女





青い空。白い雲。
メロンソーダ味のキャンディと、学校の屋上。
短い制服のスカートが、風に揺れる。

武長鈴代たけながすずよ、十六歳。
この春、高校に入学したばかり。
青春真っ只中。
のはずなのだが。

髪はショートカットの明るいオレンジ。
ちなみに中学時代は赤だった。
ピアスが左耳に五つ、右耳に三つ。
誰もが目を見張るその風貌は、見ての通り不良そのもの。

私は俗に言う、不良らしい。
あまり自分を不良だと思った事は無い。
だが、周りの友達や先生はみな私をそう呼ぶ。
もちろん、自分が普通の学生だとも思った事はない。
だって、髪が赤やオレンジの生徒なんて普通じゃないでしょ?
ちなみに今も本来なら授業中。
朝は眠いから、同じような連中と立ち入り禁止の屋上で屯していた。

「え、お前彼女と別れたの?」

目の前にいる男に聞き返す。
男の髪は金髪で、耳にはピアスが数個見える。
この男の名は、相模丞さがみじょう
古い付き合いで、いわゆる腐れ縁と言うヤツだった。

「まだ付き合って一週間も経ってなくね?」

「んー・・・・飽きた」

さらりと言う本人は、特に興味も無さそうに携帯をいじっている。
相変わらずの女たらし。
コイツの彼女は、うちの便所のトイレットペーパーより早い周期で入れ替
わる。

「じゃ、今は珍しくフリーなんだ?」

「まあな」

「独身の丞とか久しぶりじゃね?」

丞の隣でおおらかに笑う男は、桜井睦月さくらいむつき
金髪。右耳にピアスが一つ。
カッターシャツの前が全開で、黄色いシャツが見える。
胸元には十字架のネックレスがある。
コイツは、超体育会系のスポーツマン。
体育だけは毎回必ず出席する。
その代わり、勉強はまるっきし。

「いや・・・一応、常に独身だから。俺も未成年だからね」

冷静に睦月にツッコミを入れる丞は、携帯をぱたんと閉じて立ち上がる。
睦月は丞を見上げて、首を傾げる。

「何、もう教室行くの?」

「いや、コンビニで朝飯買ってくる」

「食ってねーのかよ」

丞は眠そうに欠伸をしながら、どこかへ行った。
丞の姿が見えなくなったのを確認して、私は睦月に聞いた。

「・・・・睦月は、いつになったら彼女つくんの?」

「え?何で?」

睦月はあっけらかんとして聞き返す。
聞き返すなよ、と私は密かに心の中で呟く。

桜井睦月。
スポーツマンらしい、明るく活発な性格。
活発過ぎて不良の道に進んでしまってはいるが、それでもその明るい太陽
のような性格は変わらない。
運動神経もよくて明るくておまけに顔もいいからか、男女問わずその人気
は絶大である。
女子にモテるくせに、何故か睦月は彼女をつくらない。
まあ、その方が私にとっても都合がいいけど。

そう、私は睦月が好き。

「だってあんた、モテんじゃん」

「んなことねえよ」

「彼女欲しくないってわけ?」

「欲しくないわけじゃねえけどさ」

睦月は何故か、照れ隠しに耳の裏をかきながら目をそむける。
何を照れる必要があるのかわからないが、流れを掴んだ私はこのまま波に
乗る。

「じゃあさ・・・・私と付き」

「財布忘れましたー」

突然現れた丞に、体をのけ反らせて咄嗟に誤魔化す。
ビビビビビビックリした。
ふいに再登場した丞を、思いっきり睨みつける。
マジでびびらせんじゃねーよ!!

「え、何?何で俺そんな鬼の形相で睨まれてんの?」

「うっせー!」

「そんな怖い顔して、一応女なんだから。そんなんじゃ一生彼氏なんてで
きませんからね」

「大きなお世話だボケッ!!」

丞に殴りかかるが、丞はやすやすとそれをかわすと再びコンビニへ出かけ
た。
丞の後ろ姿を見送って、ため息をつく。
またチャンスを逃した・・・・

勢いでさらりと言ってしまえばすむことだ。
不良の世界では、付き合うなんてそんなもの。
半分好きで、半分は世間体みたいな感じで恋愛やってた。

でも今は違う。
高校に入って、ちょっぴり大人になった私は
初めて真面目な恋をした。

夏の太陽のようで
夏のヒマワリのようで
睦月の周りだけは一年中夏みたいで
眩しかった。
輝いてた。
周りにいるみんなも輝かせる睦月に
感動すら覚えた。

それからいつもいつもタイミングを見計らって
何度も何度も言おうとしたけど
初めて真剣に告白しようとするから
何だか妙に緊張していつも言えずに終わる。
だから、明日は。明日こそ。
絶対言うんだ。





「オイコラ、武長。今は何時間目だ」

「・・・・4時間目です」

教室へ入るやいなや、パコーンと頭を出席簿で叩かれる。
何を恐れてかみなが静まり返る中、腹を抱えて笑い転げている奴が教室の
真ん中に一人。

「睦月、コラてめえ笑うんじゃ・・・・痛てえーーーッ」

「静かに席につけ、このバカたれが」

担任の後鳥(通称:ゴリ)が再び鈴代を勢いよく叩く。
教室に気持ちのいい音が響き渡り、鈴代は頭をかきながらむすっとして教
室の一番端の席に着く。
そして何事もなかったかのように授業が再開されるが、もちろん鈴代は参
加しない。
教室の中にいるのに、鈴代だけ蚊帳の外。

いや、私だけじゃないか・・・

そう思って睦月の方を見る。
しかし、鈴代は我が目を疑う。
なんたって、あの睦月がノートを開いて何かを書いている。
ありえねえ。

いつもなら体育以外はぐーすかいびきをかいて寝ているはずだ。
それか堂々とマンガを読んだり、ゲームをしているはず。
それが今日の睦月はまるで人が変わったみたいに黒板を睨みつけながらノー
トをせっせと書いている。

い・一体どういう心境の変化が・・・

そのとき、睦月が隣の席の女子に何かを聞いていた。
ノートのどこかを指差して、耳の裏をかいてわからないといったふうに首を
傾げている。
睦月に話しかけられた女の子は、にっこり笑って睦月のノートに何かを書い
ていた。

白鳥美海しらとりみみ
学年一の美少女。
人工的に手を加えられていない純黒の長いストレートの綺麗な髪は、すでに
絶滅したと思われていた大和撫子のようであり
長い睫毛と大きなぱっちりとしたその瞳は、輝く特殊なコンタクトレンズで
も入れているかのような煌めきを放ち
綺麗な肌に長い手足は、同じ太陽の下で同じ紫外線を浴びているとは思えな
いほどに白くそして男子の好きそうな豊満な胸は、その周辺に強力な磁場が
発生しているかのように男子の目を釘付けにする。

小さい頃よく遊んだあのミカちゃん人形に、誤って命が吹きこまれてしまっ
たら。
こうなるのだ。
白鳥美海は人間じゃない。
ミカちゃん人形だ。

その見た目全てが神からの贈りものと言わざるを得ない。
しかし、なんと天は彼女に二物を与えた。
彼女は、学年一の美女であり、学年一の秀才なのだ。

「・・・・・何だよ、デレデレしちゃってさ・・・」

呟いてみても、誰にも気づかれないまま鈴代の呟きは消えた。
美海と睦月が微笑み合って話しているのを見ると、腹の底がむずがゆくなっ
てくる。
睦月は頬を赤くして、耳の裏をかいている。

照れた時の、睦月の癖。

何で照れるんだよ。
何を照れる必要があるんだよ。

笑う睦月の横顔を見ながら、鈴代の表情はどんどん曇ってゆく。

何で笑うんだよ。
何を笑う必要があるんだよ。

そんなのまるで
白鳥美海の事が好きみたいじゃんか。