第九夜              狂いの魔女





その瞬間、檻の隙間から眩しい光が漏れ、やがて檻は吹きとんだ。
激しい爆発音と共に砂ぼこりが舞い、星羅とアリアは逃げる暇もなく煙幕の中に囚われた。
無意識に二人は背中を合わせ、辺りを警戒する。
その時、どこかから声が聞こえた。

「突光」

「レクター 黒い波動!」

背後で魔法と魔法の激しい衝突音がした。
かなり強い魔力がすぐ側でぶつかり合うのを感じる。
星羅の素早い対応に、さすがクレイシア最強の男だと感心する。
そしてやがて、強い光がすうっと消えた。

「突光!」

「レクター!」

果たして、星羅の攻撃は間に合ったのか。
星羅と背中を合わせて互いに護り合っているから、やすやすと星羅の方の状況を伺う事はできない。
煙幕の中で、さすがに星羅も苦戦しているようだ。
アリアは刀を地面に刺して、両手で印を結ぶ。

「ウィンローサ 天地乱風」

思わず、両腕を顔のまえにあてがう。
途端にアリアと星羅を中心に、竜巻のように巨大な風が巻き起こった。
一瞬にして砂ぼこりが散り、視界が晴れる。
遠方にいるオルネラは、見た目こそ変わっていないものの、奇怪な魔力を纏っていた。
神聖とも言えるが、邪悪とも言える。
これが、アルドが言っていた古来より伝わる魔術というものなのか。

「待て」

印を結ぶ構えを見せた星羅を、アリアが制する。
星羅は振り返って強くアリアを睨んだが、アリアは無表情のまま星羅の背中から離れ、オルネラに対峙した。

「おかしい」

アリアが呟いた言葉に、星羅は眉間にシワをよせる。

「何がだ」

「ロア族の賢者が、ロア族は光を司り、ベリナ族は闇を司ると言っていた。でもさっきオルネラがつかった魔法は、光を纏うようだった」

「・・・何が言いたい?」

「わからない。でも、何かが違う」

アリアの手から、白い刀が落ちる。
刀身が地面につく前に、刀は粒子になって空に消えた。
武器を捨てたアリアを見て、オルネラの表情が歪む。

「・・・何のマネ?」

「あなた、本当に魔女?」

「はあ?何言ってんの?魔女に決まってるでしょ」

「質問を変えよう」

オルネラはひきつった笑みを浮かべた。
そして星羅が、無表情でオルネラに問いかけた。

「お前は、悪か?」

その言葉に、オルネラの表情から笑みが消える。

「悪か、善か。知ってる?世界はそんなもので出来ていないのよ。全ての源は、光と闇。光だって悪に為り得るし、闇だって善に為り得る」

「・・・あなたは、光なの?闇なの?」

風が吹く。
草が揺れる。
オルネラの髪が、なびく。
やがて風がやんだとき、オルネラが口を開いた。

「私は、闇の番人オルネラ」

「闇の・・・番人?」

アリアは、訝しげにオルネラを見つめる。
オルネラの方も眉間に皺をよせてこちらを見ている。

「アナタたち・・・賢者の差し向けた使徒じゃないわけ?」

「クレイシアは、国以外の下についたりはしない」

オルネラは納得のいかないような表情をしていたが、やがて警戒を解いたのか、オルネラを纏っていたあの不思議な魔力が消えた。
しかし、両者共に口を開かず、沈黙が訪れる。
その時、森の方から騒がしい声が聞こえてきた。

「てめェ今度私の尻触ったら五体バラバラに引き裂くぞコラァ」

「だっ・だから勘違い・・・」

「モニカさん落ち着いて!」

森から現れたのは、モニカとリー達だった。
先頭のモニカは、どんな訳があるのかは知らないが、黒いローブを羽織った男の胸元を鷲掴みにし、宙づりにしていた。
その背後でリーが、血の気が引いて行く男の身を案じてはいるものの、すごい剣幕のモニカに手を出せずにいる。
そしてその後ろに、まるで平伏すかのように超低姿勢でモニカ達の後をついてきている黒いローブの集団があった。

「・・・何やってるの、モニカ」

「あっ、いた!あんたこそどこ行ってたのよ!すごい探したんだからね!」

「あっ、星羅さんも一緒じゃないですか」

「いや、いろいろとあって・・・そちらもいろいろあったようで」

「いや?こっちは特に何も無かったけど」

平然とそう言って、モニカは締め上げた男を地面に捨てる。
がっくりと膝をついた男に、リーが駆けよって大丈夫ですかと声をかけている。
アリアと星羅は冷めた目でそれを無言で見つめていた。

「あ、オルネラ様!」

「申し訳ありません、コイツ等思いの外強くて・・・」

「いいのよ、こいつらは賢者の刺客じゃなかったから」

「え、そうなんですか?」

モニカの尻に敷かれていた黒いローブの集団が、オルネラの姿に気付いて駆けよって行く。
どうやら魔女の方もそれなりに一件落着したようだった。

「使徒・・・名前は?」

「私がモニカ、こっちはリーでこの無愛想な二人は星羅とアリアよ。言葉足らずで誤解を招いたみたいで、ごめんなさいね」

「・・・・。」

お前は私の母ちゃんか、と言いたかったが口には出さないでおいた。
そしてモニカが差し出した手に、オルネラは初めは警戒した目でじろじろ見ていたが、やがてその手を握り返した。
そして通常より早めに握手を切りあげると、オルネラはローブを翻した。

「・・・ついてきなさいよ。案内してやる」

アリア達は互いに顔を見合わせた後うなずいて互いの意思を確認し、オルネラの後を追った。
北部なのに少し南国風の白い石造りの賢者の村とはうってかわって、こちらの村は古いレンガづくりの建物に蔦などがはりついて不気味な雰囲気満載だった。
しかし、意外にも住宅街の中心へ入りこんで行くほど子供が無邪気に駆けまわっていたり、ベンチでギターを弾いている人なんかもいる。
てっきりみんな部屋にこもって、古い書物を片手に不気味な色をした大鍋をかきまわしているものだと思っていたらしいリーは、あきらかに安堵の表情を見せている。
やがて住宅街も通り抜け、一行の目の前に現れたのは、黒い神殿。

「ロア族の神殿とそっくりね・・・」

「ああ。それなら、歩きながら話すわよ」

そう言って、オルネラは階段をのぼってゆく。
アリア達も続いて、神殿に足を踏み入れた。
何から何まで、ロア族の神殿とそっくりだった。
だが、ロア族の神殿が白色なのに対して、こちらのベリナ族の神殿は真っ黒。
広い廊下を歩いていると、ふいにオルネラが口を開いた。

「アナタたちが賢者からどう説明を受けているのかは知らないけど、これから私が話すことは全て真実よ。信じるか信じないかは、アナタたち次第だけど」

モニカが頷く。
それを見て、オルネラは話を続けた。

「ベリナ族とロア族はもとは『ベリナローア』という一つの一族だった。光の力と闇の力は対であると同時に一体である、というのがベリナローアの考え方で、私の考えもそれと同じ・・・アリアと星羅には話したけど、光と闇は全ての源。どちらかが欠けてはならないの・・・でも、いつしか人々は闇は必要ないと考えるようになり、光だけあればいいと考えるようになった」

モニカが、相槌を打ちながら聞いている。
それが心地よかったのか、オルネラは少し前よりはいささか機嫌がいいように見えた。

「それを危険視したベリナローアの族長カオス様が、光と闇をどちらも封印したのよ。そしてベリナローアを二つに分け、封印された光を護るのがロア族、闇を護るのがベリナ族となったってワケ」

「・・・だから、闇の番人なのね」

「ええ、そーよ。そしてその闇の力が封印されているのが、この神殿。あなた達が行ったロア族の神殿には、光が封印されているわ」

「だから、外見が同じなのね?」

「でも、最近は封印の力も弱まっていて、少しずつだけど力が外に漏れ出してるの・・・空がずっと夜なのはその漏出した闇の力のせいなのよ」

「聞いてもいいかしら」

オルネラの隣を歩いていたモニカの腕を掴んで、アリアがオルネラとモニカの間に割って入った。
モニカは何故かそんなアリアの姿を不思議そうに見ていたが、アリアはその視線には気付いていないようだった。

「ベリナローアの時代に、必要なのは光の力だけ、と考えていた人々が現在のロア族・・・っていうのは当たってる?」

「ええ、そーよ。でもベリナ族の人達はまた昔のように共存を望んでいる・・・だから、ベリナ族とロア族はずっと対立しているの。今回の紛争の原因もソレ。とうとう、賢者達が動き出したの」

「・・・というと?」

「ロア族は、闇の力を光に取り込もうとしている。月が赤いのは、神殿の封印に危険が迫っている証拠。ロア族の族長、レギュラスはベリナ族の神殿の封印を解こうとして、ベリナ族に攻め入ったの
・・・それが今回の紛争の正体」

「じゃあ、私達がロア族で聞いたのは嘘って事ですか?魔女は気性が荒く、賢者を皆殺しにしようとしてるとか、理不尽に殺したとか・・・」

「気性が荒い?ああ・・・そんなの、ロア族がベリナ族を潰す為に流した噂よ。最初に言ったように信じるも信じないもアナタたちの勝手だけどね」

モニカはアリア達の方を振り向いて、顔を見合わせる。
信じるか、信じないのかをアリア達に目で問いかけている。
リーはやはりまだ魔女の雰囲気が怖いのか、決めかねているようだが、アリアは迷う事なく頷いた。
特に根拠は無いのだが、戦いの最中に相手の事を憎む事なく信じる事ができるのは、心根が腐っていない証拠。
一度戦って和解したアリアには、オルネラの言う事が嘘だとは思い難かった。

「私なんかは狂いの魔女って呼ばれているわ」

オルネラの言葉に、リーが思いだしたというふうに顔をあげた。

「賢者達が話しているのを聞きました・・・オルネラは、ベリナ族の中でも特に強大な魔力を持ち、恐ろしい魔術の錬成を行ったり、賢者を片っ端から殺す事から狂いの魔女と呼ばれている・・・・って」

言ってしまってからハッとして、リーはあたふたと焦りはじめる。
その様子を見て、オルネラは苦笑した。

「仕方ないとは思うけどね、神殿に侵入した賢者を殺したのは事実だから」

その時アリアは、ロア族の神殿で案内された小さな広間を通り過ぎた事にきづいた。
ロア族の方では、この広間より奥は立ち入り禁止だと言われた。

「オルネラ、これより先は聖地なんじゃない?」

「ええ、そうよ。でも、聖地に封印されているあるものが、今回の紛争の鍵・・・アナタ達を信用してやってるのよ、感謝なさい」

まだそこまで親睦も深くないのに、そこまでアッサリと聖地に迎え入れていいものなのか。
アリアが怪訝そうにオルネラを見ていると、オルネラはふっと微笑んだ。

「年寄りのクソジジイ達はよそ者の干渉を嫌うけど、刃を交えれば、相手の事が大体わかるものよ。腐った奴はそのまま殺すし、芯が通ってる奴とは和解する・・・そんなもんでしょ」

アリアは驚いた、というふうにオルネラの顔を見つめる。
コイツ、わかってるんだな。
オルネラのふざけたその格好が、急にまともに見えてきた気がした。

「あのぅ・・・聞いてもいいですか」

「何よ?」

リーがおずおずとモニカの横から顔を出す。
オルネラが快く何でも聞け、とばかりに笑ったのでリーはじゃあ、と口を開いた。

「噂の続きなんですけど・・・1200歳って本当ですか?」

「はあッ?!」

オルネラの驚愕の声が神殿内に響き渡る。
リーはひいっと身を怯ませ、モニカの向こう側に隠れた。

「なわけないでしょッッ。22歳よ22歳!!」

「あ、若い」

「意外にね」

「オイコラ、今意外って言ったの誰だ」

そうこうしているうちに一行は神殿の最奥部へと辿り着いた。
そこには巨大な壁画があった。
太陽と月、天と地、そして光と影が描かれた神聖で壮大な壁画。
オルネラはその壁画にそっと手を当て、呟くように唱えた。

「Vellinalore 開門」

その時、突然地響きのような音が聞こえたかと思うと、巨大な壁画が中央から真っ二つに割れて、左右へ大きく揺れながら動いて行く。
だんだん壁画の向こうの空間が見えてくるにつれ、アリアは何故か鳥肌がたってきた。

あの奥に、巨大な魔力の塊がある。

やがて目の前には大きな広間のようなところが現れ、そしてその中央には黒い神殿とは対照的に白い台があった。
そして、その台の上にほのかに光り輝く幻想的な、でもどこか不気味に妖しく光る赤い花があった。

「あれが、封印された闇の正体、月の花。元は白く輝いていたんだけど・・・最近は力が弱まっているみたいでさ」

オルネラが悔しそうに、でもどこか哀しそうに台の上の月の花を見上げる。

「あの赤は、紛争で死んだ仲間達の血の色だ」

オルネラは呟く。
すると、同じように月の花をじっと見上げていた星羅がふと、言った。

「ただ封印されていただけじゃない・・・ずっとこの村を護っていたんだ。だから、この村もロア族の村も初期化イニシャライズの影響も受けなかったんだろ」

「これが、原因だったのね」

「もしそうなれば、俺達はこの花をクレイシアに持ち帰らなくてはならない」

「?!」

オルネラは、星羅の冷酷無慈悲な言葉に目をカッと見開く。
アリアも驚愕に呆然としていたが、モニカとリーは言いづらそうに複雑な表情をした。
モニカが、おずおずと口を開く。

「オルネラ・・・この花の持つ魔力は、とても強大だわ。きっと、この村の年寄り達は初期化の災害を防いだのがこの花だって知ってた。でも、それが他に知られればこの花はきっといろいろな研究や調査の為に持って行かれてしまう。だから、ベリナ族とロア族は代々他からの干渉を許さなかった・・・あなたは、私達をここに入れてはならなかったんだわ」

オルネラは愕然と、モニカを見つめていた。
それから、刃を交え、それなりに分かち合ったはずのアリアと星羅をみやる。
しかし、アリアは頷いてはやれないし、星羅は断固としてオルネラの意思を尊重はしないだろう。
オルネラが、拳を強く握り締めるのが見えた。

「人間ってのはみんなそうだ・・・」

オルネラの呟きが、聞こえた。
そんなふうに思って欲しくはなかった。
だが、クレイシアに所属する限り、アリアとオルネラは完全にわかちあうことはできないようだ。

その時、大きな地響きがした。

一行は思わず振り返ったが、壁画が動いたわけではない。
それに、この地響きは壁画が動いたときの比ではない。
何かが崩れたような音だった。
そして、再び地響きが聞こえた。

える・・・村が攻撃を受けています!この魔力の色は、おそらくロア族かと!」

リーが叫ぶ。
オルネラの顔が蒼白になり、真っ先に広間から飛び出そうとしたが、オルネラはハッと息を呑んで立ちすくむ。
アリアがオルネラの視線の先を追うと、広間の入口にある男性が立っていた。

「やあ、狂いの魔女オルネラ。使徒の方々もお揃いのようで」

そこにはあくまでも紳士的に微笑む、ロア族の族長レギュラスの姿があった。

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