第四夜              敵、白髪はくはつの男





「・・・・・・誰だ?」

アリアは、目の前の白髪の男に問う。
突然、どうやって自分の目の前に現れたのかはわからないが、先遣隊を殺ったのは目の前の奴とみて
間違いはなさそうだ。
男の年齢は、アリアとそう変わらないように見える。
長い白髪を後ろで一束ねにし、そこまで敵意を示すでもなく無表情にこちらを見据えている。

「ジン」

彼は、端的に名を述べた。
彼は無反応のアリアを見てやれやれ、といった表情を見せ頭をかいた。

「おびき寄せようと思ってわざと血痕残してたのに・・・使徒の奴じゃねえのかよ・・・」

聞こえるように言っているのか呟いているのかわからないほど小さな声で、ジンはぼやく。
アリアは未だ警戒を解かずに、ジンの様子を窺う。
しかし、ジンの方はどうやら本当に戦う気はなさそうで、しかし彼のシャツにはあきらかな返り血ら
しき血痕があった。

「先遣隊を殺ったのは、お前だな?」

「うん」

けろり、とジンは答える。
するとジンは、さっきまで全く興味を示していなかったアリアの方を何故かじっくりと眺める。
アリアが訝しげにジンを睨みつけると、ジンは首を傾げる。

「お前・・・・見慣れない顔なのに、何で黒いコート?」

最近よく聞かれるその問いに、アリアはうんざりしていた。
アリアはゆっくりと腰に、手を伸ばす。
それに気付いたジンの眉がピクッと動くのが見えたが、それより一瞬速くアリアは動いた。

「ッ」

白い切っ先がジンの首を掠める。
ジンは素早くのけ反り、そのまま後方へと飛んで退いた。
ジンは笑みを浮かべて、アリアの姿を見る。

「白い刀・・・・へえ」

アリアは笑うジンを強く睨みつける。
アリアが刀を握りなおしたのが見えたのか、ジンは構える体勢を見せた。
アリアは素早く地面を蹴る。
ジンの目が見開かれたのが見えた。

「速ぇ・・・」

ジンは呟きながら、胸のぎりぎりのところでアリアの刀をかわした。
アリアを蹴りで一度退けさせようとするが、アリアは見切ってそれを素早くかわす。
アリアが切っ先下がりの構えを見せ、ジンの手が高速で印を結ぶのが見えた。

いける。
印を結び終わるより先に、刀は届く。

しかし何故か、斬り込む寸前でアリアの動きが急に停止する。
痺れるような痛みが全身をつきぬけ、アリアの手から白い刀が零れおちる。
硬直状態のアリアを、楽しそうにジンが眺める。

体が動かない。
魔法か?
印は結び終わってないはずなのに・・・

アリアはくそっと声をもらしながら、ジンが胸ポケットに手を入れるのを見やる。
銃かと思い、警戒していたが、ジンが胸ポケットから取り出したのは煙草。
煙草をくわえて、ジンはアリアを改めて見つめる。

「ふーん・・・・ただの新人かと思ったけど・・・お前」

ジンは何故かその後の言葉を紡がず、微笑む。

殺される。

アリアは本能でそう察した。
笑みの中にある瞳に映るのは、残虐さ。
詠唱を省いてかけた魔法でこれほどの威力ということは、ジンという男はかなりのやり手。
迷ってる暇は無い。

その時ジンは、アリアの体が小刻みに震えている事に気付いた。
しかし、泣いているのではない。
剣を強く握り締め、その拳には血管が浮かんでいた。
ジンの手から煙草が零れおちる。
次の瞬間、アリアの体から火花が散った。

「うあああッ」

アリアの吠える声と共に、青い稲妻がアリアの体に走る。
そしてアリアは、何事も無かったかのように立ちあがった。

「まじかよ・・・・ザファラを自力で」

ジンは、苦笑とも嘲笑とも似つかない笑みを湛えてアリアを見る。
アリアは刀を拾い上げた。
それを見たジンが数歩後ろへさがった。

「待った。今日はこれ以上、俺はお前とは戦わない」

次の瞬間、ジンの足元に大きな青い魔法陣が浮かび上がる。
逃げるつもりだと気付いた時にはもう遅かった。

「お前と殺り合うのは楽しそうだから、後に取っとくよ・・・オッド・アイの女剣士」

ジンは不敵な笑みを浮かべて、アリアの目の前から消えた。
再び街に、静寂が訪れる。
魔法を無理矢理破ったせいでふらつく体を何とか動かそうとするが、アリアは足から崩れ落ちた。
夕暮れが、瞳に映る。
アリアの意識は、そこで途切れた。





「あ、起きた!」

最初に視界に入ってきたのは、かなりどアップのモニカの顔だった。
その背景になっている空はもう真っ暗で、月と星が煌めいて見えた。
火を囲んで、例の四角い広場に三人が座っている。
アリアがゆっくり体を起こすと、カエンヌが隣から温かいココアを差し出してくれた。
それを受け取って一口飲むと、だいぶ体も頭も落ち着いてきて、先ほどまでの記憶が蘇って来た。

「かなり強い魔力の波動を感じたから駆けつけてみれば、倒れてるんだもの!」

モニカはアリアが一人で戦おうとした事に少々ご立腹だ。
だがアリアが無傷だったからか、それともまだ起きたばかりだからか、それ以上は何も言わなかった。
アリアはとりあえず詳細を三人に話すと、三人は互いに顔を見合わせて目を見開く。

「あ・・・・・・・あなた、ジンと会ったの?」

「ああ・・・そう、そんな名前だった」

「お前、ジンと会ってよく無事でいられたな」

モニカの顔が一瞬で蒼白になったのを見て、アリアは首を傾げた。
するとカエンヌはいつも通り微笑みを湛えたまま、アリアに自分の毛布を手渡した。

「僕の使って下さい。寒いでしょうから」

「大丈夫・・・」

「病み上がりですし」

カエンヌはにっこり微笑み、アリアに毛布をかける。
いつもならモニカから罵声が飛んできそうだが、モニカは未だに血の気が引いていてそれどころでは
なさそうだ。
モニカの様子を窺うアリアを見て、カエンヌが言った。

「ジンは、陰影の中心人物で、クレイシアの中でも彼によって多くの戦士が殺されています。彼は目
が合っただけで人を殺す、残虐な人物と言われています。今、一番会ってはならない人物、といった
ところでしょうか」

オスカーが自分の毛布をモニカの肩にかけ、背中をさすっている。
さっきまで気を失っていたアリアよりも、モニカの方が顔色が悪そうだ。
するとカエンヌがアリアの耳にそっと囁いた。

「モニカはジンに、恋人を殺されていますから」

アリアは目を見開いて、カエンヌの方を見る。
カエンヌはそれでもまだ、微笑んでいた。
アリアは肩にかかった毛布をかきよせて、再びモニカの方を見る。
いつもはきはきと場を仕切ったり叱ったりするモニカの影は、どこにもなかった。

「ジンが去った、という事は複製の手がかりが無かったか既に手がかりを持って行かれたか・・・」

「それでも、街の異変を元に戻るまでが俺達の任務だ」

オスカーの力強い声に、無言でモニカは頷く。
寒空の下、それ以後は四人共無言だった。
明日の調査の為に早々に寝てしまったカエンヌを見やって、アリアは空を見上げる。
気味の悪い、満月だった。





「オイコラ!!早く起きんかーい!!」

誰かの大声に、毛布で耳を塞げば一瞬にして毛布は誰かに取り上げられてアリアは朝の寒さにうずく
まる。
まだ眩しい光に慣れてない瞳で辺りを見回せば、アリアの毛布を抱えて太陽を背に仁王立ちしている
のはモニカだった。

「・・・・・昨日の面影はどこへ?」

「モニカ様をなめるんじゃないわよ!ほら、カエンヌとオスカーはもう調査に行っちゃったわよ!
!」

バシンッと勢いよく尻を叩かれ、アリアは飛び上がる。
どこかの店からくすねてきたらしいカッチカチのパンを渡され、モニカは意気揚々と背中を向けて歩
きはじめる。

姉御というよりも・・・・母ちゃんって感じかな。

アリアはイメージの変更を行った後、カッチカチのパンをくわえてモニカの後を追った。
いつのまにか木につられていた死体は片付けられており、そこまで興味も無いので特に聞きはしなか
った。
アリアとしては陰影について少し聞きたかったのだが、相手がモニカだと少しためらわれた。
しかし、その空気を察したのか街を歩きながら先に口を開いたのはモニカだった。

「ジンは、逃げたの?」

モニカの背中しか見えない為、モニカがどんな表情をしているのかはわからない。
しかし、声を聞く限りではいつもの明るいモニカの声だった。

「魔法陣を使って逃げたわ。多分最初は私を殺すつもりだったみたいだけど・・・気が変わったみた
い」

「ふーん。あなた、ジンに認められたのね」

「認められた?」

「ジンは、自分が認める実力者は殺さない主義なの。星羅の時も、少し戦っただけで逃げたみたい。
お前と殺り合うのが楽しみだ、とか言って」

「ああ、それなら言ってたわ・・・でもあの男がジンをやすやすと逃がしたの?敵は絶対逃がさない
って感じするけど」

「あの男って星羅の事?」

モニカが苦笑する。
そして何故か、ふっと何かを思い出しているように微笑む。

「そうね、その時は・・・・あの人を助けようとしてくれたから」

モニカの感傷に浸るような背中を見て、アリアは思わず口を噤む。
しかし、すぐにモニカはぷっと吹き出してアリアの方を振り向いて肩をバシンッと叩く。

「星羅もそこまで悪い奴じゃないんだから!」

モニカのその笑顔が、果たして本物なのか無理矢理つくっているのかわからないアリアは、何も言わ
ずモニカを見つめていた。
モニカはそれだけ言って、再び前を向いて歩きはじめる。
再び訪れた少しの沈黙は、街が無音なので余計に気まずい。
元々アリアは気まずいだとか、そういう空気を気にするたちではないのだが、このしんみりした雰囲
気がモニカに似合わずどうにも居心地が悪かった。
やがてモニカは再び突然こちらを振り向いて、アリアの腕を引っ張った。

「何で後ろ歩くのよ!ほら、隣歩きなさいよ」

はあ、と少し間抜けな返事を返して、アリアはモニカと並んで歩きはじめる。
モニカはふと、何かに気付いたようにアリアの顔を至近距離で凝視する。

「・・・・何ですか」

顔をしかめてそう言うと、モニカはふっと笑う。

「へ?いやいや、アリアって左右で瞳の色が違うのねー」

アリアは左目が紫色で、右目が黒色である。
生まれつきではないのだが、アリアはこれについては触れてほしくなかったので何も言わなかった。
また、その事をジンに言われた事も黙っておいた。

「・・・・あれ?」

モニカが何かに気付いて、立ち止まる。
アリアもそれに続いて立ち止まるが、モニカが何に気付いたのかはわからない。
すると、モニカは口をあんぐりあけて、とある民家を指差した。

「ほら・・・あれ」

モニカは、民家の窓を指差す。
しかしそれはどこからどうみてもただの窓で、モニカがどうしてそこまで驚いているのかがわからな
い。
しかしその時、アリアはすぐにハッとした。
本来窓に映るはずの自分達の姿が見えない。
そしてその代わりに、窓にうっすらと映っていたのはこの街の住人らしき人達の姿だった。

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